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古典から生まれたマラリア特効薬

『古文なんて勉強する意味はない』
これは人類は発展し続けており、カビ臭い古典から学ぶことは何もないとの考えからだろう。
果たしてそうだろうか?
実は世界中で多くの命を感染症から救っている特効薬がある。
そしてその発明には古典が大きく関わっているんだ。

1964年にアメリカ軍が全面的に軍事介入したベトナム戦争。
この戦争ではホーチミン率いる北ベトナム軍、アメリカが支援する南ベトナム軍以外にも恐ろしい敵がいた。熱帯熱マラリアだ。

マラリアは蚊(ハマダラカ)が媒介する、マラリア原虫によって発症する熱帯感染症だ。
原虫によって三日熱、四日熱、卵系、熱帯熱と四種類のマラリアに分かれる。
特に重症となるものは熱帯熱マラリアだ。
この熱帯熱マラリアはマラリアの特効薬かつ予防薬のクロロキンがほとんど効果がなく、その症状も特に重篤だった。
そのため治療にはクロロキンとキニーネを組み合わせる必要があった。

北ベトナム軍を率いるホーチミンは熱帯熱マラリアの脅威に対抗するため、中華人民共和国首相の周恩来に協力を依頼した。
そして1967年5月23日、熱帯熱マラリアの特効薬を秘密裏に開発する極秘軍事計画「プロジェクト523」を立ち上げることになった。

このプロジェクトは三つに分かれており、そのうち一つが中国の民間療法から抗マラリア薬を探し出すものであった。
中国の女性医学者、屠 呦呦(トゥ・ヨウヨウ)は千年以上前の漢方薬の文献と民間療法を調べ上げた。その中でマラリアの解熱剤とされていた生薬を数百種類検討し、青蒿(セイコウ)と言われる生薬に目を付けた。

この青蒿は他の多くの生薬と違い、実際にマラリアに効果があった。
しかし問題があった。
抽出物によって効果のバラツキが激しかったのだ。
これでは薬として使用出来ない。
しかし解決方法”も”古書に示されていた。それも1500年も前の古書に。

当初、屠 呦呦(トゥ・ヨウヨウ)らは乾燥した青蒿を熱湯で抽出していた。
しかし4世紀の古書『肘後備急方』には以下のように書かれていた。
「青蒿一握、以水二昇漬、絞取汁、尽服之」
(古文も漢文も読めない人も安心して欲しい。ちゃんと現代語訳を下に書いている。)
「青蒿ひと握りを水2升にひたし、その汁を絞り服用する」
この記述から低温抽出が必要だと屠 呦呦(トゥ・ヨウヨウ)ら気づいた。

この方法で研究は進んだ。有効成分は加熱に弱かったのだ。
また古典の知識と現代の知識を用い、成分をエーテル抽出することに成功した。
(古文だけでなく化学の勉強も無駄じゃないと分かっただろうか?)
そして抽出された成分は強い抗マラリア作用を認め、この成分はアルテミシニンと名付けられた。
現代ではこのアルテミシニンを改良した成分が熱帯熱マラリアの治療に用いられている。
(ただしベトナム戦争には間に合わなかったが)

熱帯熱マラリアは全世界で毎年2億人が感染し、60万人もの命を奪っている感染症だ。
アルテミシニンという特効薬の発見がなければ更に多くの人が亡くなっているだろう。
この古典から得た偉業で屠 呦呦(トゥ・ヨウヨウ)は2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。(文学賞でないことに注目してほしい)

このことから分かるように無駄な勉強はない。
例え現時点で無駄なように思えても、いつか役に立つかもしれない。
防衛大学の初代学校長の言葉に「すぐに役に立つものはすぐに役に立たなくなる」とある。
学校で学ぶ古典や理科の知識はすぐに役に立たないかもしれない。
ただその知識が将来世界を救う鍵になるかもしれない。
こう考えると勉強も楽しくなるんじゃないかな。


追加のちょっとした小話

米軍はこのアルテミシニンを使うことはもちろん出来なかった。
クロロキンの予防内服で効果が見られず、またマラリアの治療にクロロキンを使っても10%で効果が見られず、また80%では再燃し死亡する例も見られた。

米軍は焦った。
そして予防は相変わらず出来ないが、熱帯熱マラリアの治療にクロロキンとキニーネを併用する方法が考え出された。
この方法は効果があったが問題があった。

キニーネはキネの木から得られる薬だ。
キニーネは昔はトニックウォーターの原料にも使われていた。
そしてこのキネの木の生産は90%がインドネシアで行われており、ほぼ独占状態だった。

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