二人だけの。

 平日の夜にブッキングライブできる人が今や少ないのだと言う。先月は二人でブッキングライブ。今日はついに一人だけになった。コロナ禍でもう一人がキャンセルしたという。「一人になってもやります!」と啖呵を切っていたのだが、店長から念押しのメール。「一人ですが、どうされますか?○○さん(ぼく)にお任せします」というメール。「やらせていただければ幸甚です!」と返事。しかしやはり観客が店長のみというのはさみしいな…と弱気になり、ツイッターで誰か来てくれると嬉しいと呟いてしまう。

 19:30からのライブだったが仕事が遅くなり、10分程遅刻。電車の中から謝りのメールを送る。「了解です!」と店長。「すみません!」と店に飛び込むと「何かいれます?」と店長。お言葉に甘えてビールを一杯。不意のガサ入れに備えて容器は紙コップ。少し話をした後、そろそろやりますとこちらから。

 本番は練習の80%くらいしか出せない、と聞いたことがある。ぼくの場合は60%くらいだ。でもこの観客が一人のライブは適度な緊張で90%くらいまで持っていけた感がある。へなちょこなりに店長に心の中で「どうだ!」と言ってみる。分かっている。この観客は何百、何千といろんなライブを聞いてきた猛者であることを。それでもやはり歌うことは楽しいし、薄い壁の向こうで誰かが聞いているかもしれないなんて淡い期待を持ちながら歌うのもいいもんだ。いつもは5曲なのだが一人ということで甘えて6曲歌ってしまった。

この店長は僕の歌をいいとも悪いとも言わない。ただ、一回、「今回は○○という曲がなかったから残念だった」と言われたことがある。僕は調子に乗ってこの時から毎回ここのライブハウスではこの曲を歌うようにしている。

ライブが終わったあと、カウンターで店長と杯を重ね、一言。「ツイッターでここでやること呟いたんで、ちょっと誰か来る事期待してたんですけどね…。」すると店長、ニコッと笑ってこう言う。「でもこんな経験、なかなかできないでしょ?」うわぁ。店長を励ますためなんておこがましいこと考えてた自分が恥ずかしい。元気付けられたのは自分でした。ホント、話題が豊富で、それでいて押し付けがましくない。記憶力がいいからいろんなこと覚えてるし。こういう人に会うと自分は絶対こういう職業はできないなぁ、と思ってしまう。

今回も幸せな帰路。この幸せはカミさんが朝不機嫌になるまで続きましたとさ。

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