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【発狂頭巾アニバーサリーシリーズ】キューティキル!?発狂頭巾!!

第17話、『ハートをゲット! チョコレート大作戦!!』

(これまでのあらすじ:江戸歴2007年。世界を闇に染めようとする悪の勢力(妄想)、ダイコーク(妄想)の手により家族の目の前で八百八つの自作小説を暴露されたトラウマ(妄想)がある狂った学生の吉貝は、恩師の徳川先生によって再び自我を鍛え直された。かくして、日夜人々の心に巣くう闇を裁く発狂頭巾へ、再び舞い戻ったのだ。)

「ハァッ…ハァッ……ゲホゲホーッ!」

セーラー服を振り乱し形振り構わず疾走する者あり。口にバタートーストを咥え、手櫛で片手間に髪を整える。

「アバーッ!」
「アッ!?スミマセン!御免なさい!」

出会い頭に他校の男子生徒を跳ね飛ばし非礼を詫びるが彼女は駆け続けた。

奉行学院女子中等部、2年生。

吉貝 京子の姿がそこにあった。

数分後、

ブロロロ…

「待って…待ッ……ハァーッ……ハァーッ…」

黒煙を噴き上げ地平線へ消えゆく最終バスを遠目にしつつ、京子はバス停にもたれかかった。
当然、監督役の先生は既に引き上げており、周囲に吉貝と同じ境遇であろう生徒はいない。

「ヤバイ……ヤバイよ、今月3回目は洒落になんないって…」

不意に学生カバンがもぞりと動き小動物のような存在が顔を出した。

「いわんこっちゃない…旦那、あっしは言いましたよ『早く寝ましょうや』って」
「うるさいよハチ!…だってさ、先輩にあげる分に手間取ったんだから仕方ないじゃん!」

京子はカバンに語り掛ける。鞄に潜む者の名は『ハチ』。犬型の精霊である。
数か月前、期末テストに追われ窮する彼女が出会った精霊であり、しかし、実際は追い詰められた彼女自身が作り出したイマジナリーフレンド。
詰まるところ、彼女が抱いた幻覚である。故にハチの姿は他者に不可視であった。

ブオンブオン!

「オヨ?吉貝チャン?どうしたノ?」
「…ッ!?その声は玄白先輩!?」

不意にかけられた声とコンクリートに響いたエンジン音に顔を上げる。そこにはハーレーに跨がる生物学部女将、杉田玄白先輩がいた。

「クックック…また独り言とはネ、新しい小説のネタでも見つけたのかト…」
「センパイ!助けて!遅刻しそうなの!」
「ムックク…そうだろうと思ったヨ」
「あとついでに生物の宿題も写させて!」
「それは無理だねェ。………んじゃ、舌を嚙まないでよォォォッ!!」
「エッ!?」

グオオオオオオンン!
2人の少女を載せたハーレーは土煙を上げウイリー走行!

「ハチ!振り落とされないで!!」
「分かってるっすよぉッ!」
「オッ、良いねェ!君もエンジンも温まってきたみたいだヨ!」

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リンゴーン……リンゴーン…………
1限終了のチャイムが鳴る。吉貝は冷や汗の染みを制服に広げつつ机に突っ伏していた。

「死ぬ…死んだ…」
「結果オーライっすよ、旦那。ま、あの玄白って子のおかげで遅刻は免れはしやしたけど…旦那…あっしは心配っすよ」
「何がよ…」

京子は俄かに体をずらし鞄に視線を落とす。

「勿論、旦那が夜鍋した菓子がちゃぁんと渡せるかってところっすよ!」
「そりゃ先輩に渡すために作ったんだよ!渡すに決まってんじゃん!」
「だ、旦那、声、声!」

京子はハッと顔を上げ、見回した。周囲の目がまるで不審者を見るような目で見られていた。

「アッハハ…なーんて…ね?」

とっさに誤魔化す吉貝。だが、腫物を見るような声と視線が残ったままだ。

「ハチ!!」
「あっしのせいじゃねぇですって!旦那が声を荒げるからっすよ!」

ハチの言うことはもっともである。他人にハチの声(妄想)は聞こえない。クラスのみんなを驚かせたのは他の誰でもない、吉貝自身なのだ。

「ゴメン…」
「いや、まぁ、あっしに謝ることじゃないんすけど…」
「とにかく、勝負は昼休みに賭けるんだから!」
「大丈夫っすかねぇ……?」

「貴様らぁ!始業時間はとっくに過ぎておるぞ!席に着け!」

「ヤバッ、数学の龍馬先生が来た!ハチ、隠れて!」
「ヘイヘイ…」

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昼休み、その事件は静かに起こっていた。

それは次第に広がり、教室が、次第に校舎に至るまでざわめきを広めていた。

一方そのころ、吉貝はハチと共に屋上に続く踊り場で昨晩作った菓子を目の前へ差し出していた。



「あ、先輩、受け取ってください!!」
「…」
「あ、うう…先輩…受け取ってください!!」
「……」
「あ、うう…先輩…受け取ってください!!」
「あー……」
「あ、うう…先輩…受け取ってください!!」
「だんな…」
「あ、うう…先輩…受け取ってください!!」
「旦那…」
「あ、うう…先輩…受け取ってください!!」
「旦那!!」
「何よ、ハチ!今一生懸命練習しているんじゃない!」
「もう12時半っすよ!昼休みに賭けるんじゃなかったんすか!?」

ハチがスマホを差し示す。本来なら購買のパンを齧り終えているのだが、未だ吉貝は昼食を済ませていない。

「だ、だって…練習しないと…先輩だし…その…うじうじするのは嫌いかなぁって…さ」
「ただチョコレート菓子を渡すだけっすよ!?」
「そこが問題なのよ!」
「ったく、人間ってのはさっぱり理解できないっすねぇ…」

その時、

「吉ッ貝ッチャーーーン!!」

「この箍の外れた声は…」

視線を階下へ落とす。そこにはスマホを構えた科学部兼新聞部女将、平賀源内の姿があった。
吉貝は手を頭に当て、肩を落とす。

「アッハハ!いたぁーッ!吉貝チャン、事件やでーッ!」
「疫病神め、今度は何よ!人食い雷魚でも出たの!?」

平賀源内…彼女は倫理が外れた存在であり、新しき事や不可思議なことを追求し続ける辺鄙な生徒であった。もとい、吉貝がハチと出会って以降、事件をわざわざ知らせに奔放する仲であった。

「ちゃうちゃう。学校中のバレンタインチョコがすり替えられてしまったんや!」
「えっ!?」
「ええから、現場に来てみぃ!」

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「ウッウッウッ…」
「何で小魚が…」
「無い、無い無い…どうして」

吉貝は源内に連れられ、現場に赴いた。するとどうだろうか、本来であれば甘いチョコレートの匂いが漂う教室に香しい出汁の匂いが漂っているではないか!?

「これは!?」

吉貝は包装と共に床に散らばった小魚に手を伸ばし、口にした。

「モムモム…深い味わい、濃厚な旨味…これは煮干し!?」
「せや、煮干しや。しかも、カタクチイワシとかのただの煮干しやないでぇ、全部最高級の貴重な鮎の煮干しや。せやけど、何でチョコが煮干しにすり替えられたかはウチにもわからんっちゅーワケなんよ」

「旦那、闇の力を感じるっス!これは絶対ダイコークの仕業っすよ!!」
「ッ!そうか……そう言うことよ!そうだね、ハチ!行こう!」

吉貝は教室中から浴びせられる視線をものともせず声を荒げた。

「ちょい待ち!3限まで20分を切っとるで!?」
「大丈夫大丈夫、もう全部わかったから!ハチ、先導をお願い!」
「了解っす!」

言うや否や教室の鉄扉を蹴破り脱兎のごとく飛び出す。

「行っちまった…アイツ、ホントおもろいやっちゃなぁ…」

源内はそう言いつつ散乱した煮干しをかき集め始める。吉貝京子、彼女が解明した真実とは如何に?


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【CM】

「夜は暗くて眠れないなぁ…」

「そんな時は発狂頭巾の『光るパジャマ』を着ろ!!」

「エッ、誰…」

「色違いが5種類もあるぞ!」
「オッ、旦那の粋なイラストが光ってやがる!こいつは縁起がいいや!」

「何か増えた」

「女の子には『キューティキル!発狂頭巾パジャマ』もあるよ!」
「お試しサンプルとして1箱ここに置いとくッス!」

「めっちゃ邪魔…」

【光るパジャマ、発狂頭巾シリーズ!!】


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【アイキャッチ】


奉行学園はこの江戸の街でも珍しい中高一貫高である。幕府の幹部候補生としてキャリアが約束された学生たちは日夜学生としての責務を果たし続けていた。

当然ながら彼らの進路は多岐に渡り、其れらを養成するべく多様性あふれるコース学科が設置されている。
吉貝ら多くの学生が籍を置く「奉行コース」、スタアの道をひた走る「花道コース」、武道の道を邁進する「気合コース」、etc…

そして今、吉貝は「鍛錬コース」のある棟の一角へ向かい激走していた!鍛錬コースの生徒は今、昼練中!

「そういや旦那、どうしてダイコークの手先がこの先にいるってわかったでやんすか?」

ハチが吉貝に問いかけた。

「簡単よ、ハチ。奴等は単にチョコ菓子が欲しかった、つまり常にエネルギーを欲し尚且つモテぬ連中よ」
「じゃぁ、あの煮干しは何だったでやんすか?」
「単純なこと、かつて14日は『煮干しの日』とも謳われていた。つまりはカモフラージュ!」

吉貝は口端を歪めつつ傍のカーテンを引きちぎりボクシンググローブのように巻きつけ、壁を蹴り直角ターン!

「しかしあやつらはドジを踏んだ。何故なら部室にあった煮干しは全て最高級品だったから!そして高級煮干しが必須な部とは何か?その答えは一つ!」

部室棟の角を曲がり急ブレーキ!廊下にブレーキ痕が走る!

「つまりここ!」

『相撲部』と書かれた部室の襖に手を掛け、開く!

ターン!

「旦那、これは…!」

2人は眼前の光景に目を見張った。部室には甘ったるい匂いが充満し、神聖な土俵の中心にはうず高くチョコレートが積まれているではないか!
それだけではない、部屋の端端には部員と思われる人々が打ち倒されている!

モッチャモッチャ…

「…!?」

吉貝は微かに聞こえた咀嚼音に目を見張った。土俵の中、チョコレート山の影で蠢く存在がいる!

「危ない!」
「ドスコーイ!」

刹那、山が震え、チョコレートが散弾めいて弾かれる!吉貝は跳び離れ紙一重の回避!

「旦那、こいつが…」
「騒ぎの元凶か!」

ハチに飛来する弾丸をカーテングローブで防ぎながら前方を睨む。チョコ山が崩れ、全身から湯気を立ち上らせた巨漢が姿を見せた。

「奉行学園相撲部部長、猫打 益荒男!ただちに武装解除し、皆にチョコを返しなさい!」

「ゴッツァン…ゴッツァン…」

「ッ…モテな過ぎて人語すら解さなくなったとは…」

猫打は相撲部部長でありながらちゃんこの腕が良かった。出汁取りに強いこだわりを持つほどであった。それは彼女も何度かご馳走になった程だ。だが何故このような凶行が?

「旦那、やるしかないッス!」
「…うん!」

「ウッチャーーリィィ!!」

猫打が気絶部員を引き回し投擲!吉貝は跳躍回避!

『ルナラーイズ!チェンジ!』

吉貝は転がりながら腕章めいて右肩に巻かれた風呂敷を解き、頭部に巻きつけてゆく。それは彼女の執筆スタイルであり、同時にかつてのトラウマを思い出させ脳細胞を刺激し…彼女は発狂頭巾と化した!

「ドスコーイ!」右張り手!
「ギョワーッ!」カーテングローブ!

布拳と掌底が衝突し、周囲に衝撃が走る!両者拮抗!

「このデカブツ、ダイコークの手先め!神妙にしろ!」

「ドスコイ!」左張り手!「ギョワーッ!」カーテングローブ!「ドスコイ!」右張り手!「ギョワーッ!」カーテングローブ!

一打一打打ち込まれるほどに部室が揺れ、砂埃が舞い上がる!

猫打は全国大会で頂点を取るほどの実力者である。だが、発狂頭巾こと吉貝は只の女学生だ。
実力差は明白、しかし何故張り合うことが出来のか!?

その理由は彼女が頭部に風呂敷を巻くことに起因している!

かつて彼女はメンタルセットの一種として視界を狭めることで集中力を上げていた。加えて、あの日のトラウマ(妄想)を脳内再上映する事で羞恥心を煽り無理矢理心身のリミッターを解除していたのである!

永劫に続くかと思われる殴打の嵐の中、均衡が…崩れた!

「ドスコイ!」
「ヌンッ!?」

拳に違和感を感じた発狂頭巾が後方に跳んだ!見よ、その布拳は染み出た鮮血で真っ赤に滴っている!

「チィッ、分が悪いか…」

激痛に顔をしかめる。腕の筋肉がいくつか千切れたのか腕が紫色に染まり始めた。

「旦那、何をしてるッスか!昼休みが終わってしまうっすよ!」

「ッ!ダメだ「魔地吉」は抜けぬ!…ハチよ、前と異なり今回は同じ学校の生徒なのだぞ!」

「旦那、前!!」

一瞬の逡巡が彼女の判断を鈍らせていた。

「ドッソイ!!」
「しまっーーー」

重機関車の如きショルダータックルが発狂頭巾の正面に直撃し吹き飛ばした!

「アァッ!」

きりもみ回転する彼女の頭部から頭巾が外れ、コンクリート壁に激突!

「アガァッ!」

次の瞬間、予鈴が鳴り始業3分前を告げた!

「旦那!早く!」
「こ…」

血を吐き捨て、京子は素早く体勢を整える。息も絶え絶えながら呟いた。

「こんなこと…したくないのに!」

(今は…狂っているのは…あんたじゃない!)

「私だ…」

懐に手を伸ばし、獲物を抜く!

「私なんだァーッ!」

血塗れの手に『魔地吉©︎』と銘打たれた折りたたみナイフが握られる!

「たぁーーーッ!」
「ドスコーイッ!」

猫打は巨漢を活かして得意技の「猫騙し」突進と同時に繰り出そうとする!対する京子は居合の構え!

(しっかりと前を見ろ!覚悟を決めるんだ!)

彼女の頭に頭巾は無い、脳内に纏わりつくは罪悪感、羞恥心。しかし発狂頭巾でない今はそれを力に変換できぬ!

斬りつけるか、一か八か体当たりを仕掛けるか…目まぐるしくシミュレートを繰り返すが成功の目が見えない。

「頭巾が無くても…ッ!」

京子は猫打の懐に飛び込んだ!

「ぎょ、ギョ、ギョワーーーーッ!!」

鈍い衝突音が走り、ボキボキと破砕音が鳴り響く。

「ハアッ…ハァッ…」
「ハァーッ……ハァーッ」

両者は衝突したまま動かない。

「ゴ…ゴッ」

先に静寂を破ったのは猫打だ。空振りした猫騙しの姿勢から立ち直り…

「ゴッツアン…」

受け身を取ることもままならぬままに仰向けに倒れた。

「ハァーッ…ハァッ…」

対する京子は…動けなかった。渾身の力でぶちかましを受けたのだから仕方がないと言えよう。両脚に感覚が感じられない。
そして、結果として彼女は猫打に刃を向けられなかった。彼女は一瞬の判断で刃を仕舞い柄を猫打のレバーに突き刺したのであった。

「だ、旦那、大丈夫ですかい?」

ハチだ。声が聞こえる。同時に、始業のチャイムが聞こえた。

「大丈夫…じゃないよ」

京子はチョコ山のあった場所を見た。ほとんどが潰れてしまい、無事なものは2、3個程。

けれど、それを作った数人には笑顔が戻るだろう。

京子はそれらをどうにか回収し教室へ急いだ。

「ハチ」
「へ、ヘイ…」
「私、出来たよ…頭巾が無くても勇気を振り絞れたんだ」

フラつきつつも声を絞り出す。かつての自身には勇気もなかった。だから逃避の手段の一つとして頭巾を被り狂気の世界に入り込んだ。
だが今は、一つだけトラウマが消えたように感じた。

「ふふ…今なら先輩に渡す勇気ができた気がするよ」

吉貝京子、又の名を発狂頭巾。鮮血に染まる体を引き摺り、彼女は走る。走る。ただ、走る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「源内先輩、杉田先輩!チョコレートです!どうぞ!」

日の落ちた教室、その中で京子は呼び出した2人の先輩達にチョコレートを渡した。

「なんや、バレンタインは3日前やで?」
「仕方ないねェ、吉貝チャンはあの後倒れてしまったんだからサ」

「はい!ですから夕べ作り直して、今渡しました!」

「ご苦労さんやな、帰りにいただくわ…さんきゅ」
「ヒヒッ、私はこれで失礼するヨ」

交わされた会話の時間は十分にも満たなかっただろうか。あれ程準備した時間と比べれば雀の涙。しかし、京子の顔は晴れやかであった。

「旦那、良かったっすね」
「うん、ハチ。良かった…うん」

かくして、彼女の困難が去りトラウマ(妄想)がまた一つ解消された。

だが、彼女の片腕には未だにあの風呂敷が腕章めいて固く、固く結ばれていた…


ーーー【To Be Continued …】

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