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オジサンと後輩と扇風機

ある夏の日、得意先から戻ってきた後輩ちゃんは暑がっていた。

後輩ちゃんの「暑すぎませんか!?」という行き場のない怒りに、僕も「暑いよね~俺がアイスクリームでも溶けちゃうね」と返す。

無論、反応はない。
さすがだ。
大丈夫。いつも通り。

そんな光景を見ていた隣の課のオジサンが気を利かせて「ぼくね、卓上扇風機を二台持ってるからこれ使って」と机の下からサブの扇風機を取り出して後輩ちゃんに渡していた。

突然だがうちの会社には”普段何もせずに会社にいるだけのオジサン”が一定の割合で存在する。
なぜ給与を貰えているのかは不明だが、ここが会社ではなく人狼ゲームなら役職「オジサン」は市民チームからのヘイトも集めるので皆の結託により1日目の昼に議論の余地も無く吊られるであろう。
窓際族とも称されるその存在は、皆から疎まれる「負け組」とも働かずに蜜を吸う「勝ち組」とも揶揄される、シュレディンガーのオジサンなのだ。

そして先程の扇風機を渡してくれた隣の課のオジサンも漏れなくシュレディンガーの系譜である。

そんなオジサンをこころよく思っていなかった後輩ちゃんではあったが、この時ばかりはオジサンの配慮に感動し、早速扇風機で涼み始めた。

そんな心温まるやりとりを隣で聞きながら、ふと疑問に思ったのでオジサンに尋ねた。

「ところで○○さん(オジサンの名前)何で扇風機の一台が机の下にあったんですか?予備とか?」

何気なく尋ねたつもりだった。
しかし、結果としてこの質問は、赤ずきんがオオカミに食べられるきっかけとなった「なぜおばあさんの口はそんなに大きいの?」という質問と酷似することとなる。

オジサンは答えた。

「その扇風機、普段はぼくの下半身を冷やす用なんだよね」

空気が凍った。

本性をあらわしたこの人は「オジサン」を騙った「人狼」だった。
オジサンは二台ある扇風機のうち、下半身専用機を後輩ちゃんに渡していたのだ。

キッモ。

ただ、オジサンに悪気があるようには見えない。逆に怖い。
天然?ナチュラル・ボーン・セクシャル・ウルフ?

頭が混乱しながらも、僕はあまりの面白さに笑いをこらえきれなかった。

しまった!

恐る恐る後輩ちゃんの顔色を覗いてみる。

さっきまで暑がっていたはずの後輩ちゃんの顔は一気に青ざめて固まっていた。
空気は凍ったままだった。

「ッヒュァ!」

後輩ちゃんは謎の呼吸音を発した後、息を吹き返したようにオジサンに対して愛想笑いをしている。

どうやら、後輩のあかずきんはおとぎ話の世界から現実に戻ってこれたようだ。
更には愛想笑いまで。本人が一番キツいだろうに。

さすがだ。

近年の新卒採用指標としてコミュニケーション能力に重点を置かれているのも頷ける。

僕も一瞬どうなることかと冷や汗をかいたが、今となってはそよ風が気持ちいい。

あれ?
涼しい。

後輩ちゃんの机の上にあるオジサンの扇風機がいつの間にか僕の方に向けられていた。

後になって後輩ちゃんが発した「ッヒュァ!」という音の正体は
オジサンの下半身カミングアウト後、瞬時に肺の空気を捨て、再度新鮮な空気を肺に取り込む際に出た音だったと理解した。

しかも、その一瞬で扇風機を僕に向けるとは。

さすがだ。

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