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大脇幸志郎『「健康」から生活を守る』読んだ

大脇幸志郎氏はもともと国家が健康に介入していくことに批判的であり、そのためこの3年間に一部界隈で有名になった医師である。

そういうわけで今更ながら著作を手に取ったのだ。

煽り気味のタイトルではあるが、内容はおおむね妥当かつ穏当と思われた。

なお本書のほとんどはコロナ騒動以前に書かれていることに留意されたい。

医療に限らず、「Aは良くないから避けるべし」という論調は世の中にあふれかえっている。例えばYoutubeを開くと、「英語が話せるようになりたい人が今すぐやめるべき勉強法」だとか、「【APEX LEGENDS】初心者がやりがちな戦い方」とか、、、

まあApexはしょせん趣味だからいいし、英語のお勉強も趣味みたいなものだしいいけど、、、健康もまあ趣味みたいなものか。

本書では血中のコレステロールや尿酸などを例にとって、それらの根拠がいかにいい加減かを説明しているわけである。そして著者はそんなことを気にするのはやめろと言うのではなく、気にしたい人は気にしたらいいんじゃないのというスタンスである。

それから各種がん検診もやり玉にあがる。よく知られていることではあるが、マクロでみればたいした効果はない。人間はいつか死ぬし、がんはたいてい高齢になってから出てくるものだからである。若年者の悪性腫瘍もあるけど、全体でみたらほとんどインパクトがないくらい稀である。

健康が生きがいという人はこだわるといいかもしれないが、他に大事なことがある人が気に病むほどのインパクトはないってことである。

もちろん効果が証明されている介入は、かなり統計学的に厳密に証明されているからインチキではない。しかし数百人単位の臨床試験でなければ有意差を検出できない治療法は、個々人にとってはほぼ差はないといっていい(極まれにめちゃくちゃ効果がある人がいて、その人が全体をじゃっかん引っ張り上げるってものが多い)。

こういう調子でEBMとかガイドラインまで批判して、ついにはWHO批判にまでいたる。

WHOのマナー講師的態度に腹を立てている人は多く、この著者もTwitterでロジハラするごとく楽しそうに叩いている。

個人的に本書で一番勉強になったのは、これに続く20世紀の歴史である。第二次大戦中の日本やドイツが富国強兵の観点から人々の健康に国家権力が介入したことはよく知られている。
しかしこの事情は戦勝国だって同じであり、しかも戦勝国は基本的に反省しないので、そうした態度をWHOは引き継いでしまっているのである。もちろんヘルシンキ宣言など反省の色は伺えなくもないのであるが。

またWHOは前進の国際連盟健康機関(LNHO)をそのまま引き継いでいる。LNHOやWHOの初期にあっては、権力の介入が効果的な感染症対策が重要であった。だから上から目線なのはしょうがないところもある。

コロナ騒動における台湾への冷淡な態度からもわかるように、また政治的な組織でもある。西洋中心主義と、その裏返しとしてのポリコレに染まっているから、偉そうなのもある程度はしかたなかろう。


このWHOについての記載は本書の終盤であり、コロナ騒動にも言及がある。騒動の初期には貴重な医療資源の配分ということが世界中で議論されていた。著者はその中から、命の選別に触れた論文を批判的に引用している。

https://www.nejm.org/doi/10.1056/nejmsb2005114

最も多くの命を救う、または生存年数を最大化することをCOVID-19のパンデミックにおいても最優先する、のは理解できる。また先着順対応がCOVIDにおいて適応されないのもわかる。
しかし、Promote and reward instrumental value(有益な価値を促進し報奨をあたえる)という倫理は、COVID-19のパンデミックにおいては(他の要素が同じであれば)医療従事者を優先することを意味するらしい。

こんなことが権威あるThe New England Journal of Medicineに載ったというのが笑える。

医療従事者のような社会に貢献してきた人を優先するという論理がいかに危ういかはご案内のとおりであるが、著者はご丁寧に植松聖まで引用するのであった。

脳性まひの障害があり障害者と社会の関わりについて研究している東京大学の熊谷晋一郎准教授です。
「生きる価値のある命と価値のない命に線を引くというのが被告の犯行の動機だったことに対して怒りを覚えてきたが、死刑判決はその被告の命に線を引くもので私にとっては複雑で葛藤を伴う判決だ。自分の行為を振り返る時間が省かれ、一生をかけて罪を償うことができない死刑判決は被告にとっては想定内のことで被告の目的が達成されてしまったのではないかという印象も残る」

https://www.nhk.or.jp/d-navi/19inochi/report_detail.html?no=9



結局のところ、現代の医療は、インフラの整備やローテク医療(ペニシリンとか天然痘ワクチンとか)に比べたら、ほぼ効果はない。そういう知ってる人なら知ってることを、具体的な事例をあげて説明してくれているのが本書の良いところである。

ただし、ほとんどの人間にとっては大差ないことでも、ある個人にとっては大きな意味を持つこともある。
例えば、がん検診で取りごろの悪性腫瘍が見つかると、発見した検診関係者を称えて、我々外科医はホームランという。素晴らしいことだと思う。

ただしそれが全体のコストに見合っているかは別の話である。大谷翔平くらいホームラン連発ならいいが、江越大賀くらいだと、、、


ちなみに本書では個人の自由が強調されているが、コストに関してはあまり言及がない。つまり個人の健康に国家が介入するあまり、労働者から巻き上げる年貢が多すぎやしないかという観点がない。そこを抜きにして、健康は個人の自由とは言えないのではなかろうか。

とはいえ本書は3年前のものだから、その間になにか進展があったかもしれない。シラスにチャンネルを持っておられるようなので購読してもいいかな。


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