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望月慎『MMT現代貨幣理論がよくわかる本』は最良の日本語によるMMT解説書である

COVID-19の蔓延とそれにともなう経済封鎖により財政支出の重要性が高まる昨今、Modern Monetary Theory(現代貨幣理論, MMT)に関する非常に重要な書籍が刊行された。

著者は最初期からMMTを日本に紹介してきた在野の第一人者である。この一年MMTについてのかなりの量の解説書が出版されたが、ようやく真打ちが登場した感がある。わかりやすさ、政治的立ち位置による配慮などといった事情から真正面からMMTに対峙していないものが多いが、本書は素直に、逃げずに紹介しているように感じられる。

また、これは個人的にはとても大切なことなのであるが、薄くてかつ行間が広くてすぐ読めてしまうのだ。図が多いのも文字の少なさに寄与している。英語学習でも同じだが、何度も読んで理解を深めることが大事なので、すぐに1周できるのはまことにありがたい。ただし上述のごとく、必要なことは全て網羅されているので、軽く読んでいいところはほぼないし、中身は特濃であるといわざるをえない。

以下、自分なりの本書の見取り図を感想を交えて記してみたい。

1章はMMTの歴史的背景の紹介であり、たくさん人名がでてくるが、MMT以前の経済学者としてはケインズ、ラーナー、ミンスキくらいを知っておけば十分なのでさらっと読めばいいと思う。ホリゾンタリズムやストラクチャリズムとか初心者が面食らう内容もあるが、ここも内生的貨幣供給理論についてのみ抑えておけばいい。なおさらっと軽く読んでいいのは本章のみである。

2章、3章でいよいよ本格的に解説が始まる。理論全体の基礎となる租税貨幣論と機能的財政論だ。モズラーの名刺モデルに始まり、スペンディングファーストの原則、政府と中央銀行の連結などなど、根幹となる概念がわかりやすい図とともに紹介される。私が特に感銘をうけたのは38ページの以下の記述である。

実物レベルで見ると、民間から政府へと実物資源(労働力や資材など)が移動するのは、税の時点ではなく、政府支出の時点ですから、”実物的徴税”のサイズは、(税収ではなく)政府支出高に一致することになります。

徴税というと貨幣的なものばかり想起しがちであるが、本質的には政府のお買い物である。そこは租庸調の時代と変わりないのだ。なんとなくモヤモヤしていたことがとてもすっきりした。そして現代の政府はなぜ実物を徴収せずに貨幣を介在させるのかという疑問が直ちに生じるのであるが、これは5章で解説されるし、租税貨幣論が腑に落ちていれば疑問に思うこともないかもしれない。

2章と3章をしっかりと理解すれば、4章の内生的貨幣供給論、5章の債務ヒエラルキーまでスムーズに消化できるだろう。内生的貨幣供給論を知り、主流派マクロ経済学の教科書に書いてある信用創造の仕組みの誤りがわかると社会の解像度が飛躍的に向上する。

6章はストック・フロー一貫(Stock Flow Consistent, SFC)モデルについての解説。私は以前はストックとフローが一貫してないモデルなんてあるのか疑問で、なぜわざわざ大仰にストックフローコンシステントと名付けるのかわかっていなかった。しかし本書によりこれまたすっきりした。もちろん主流派のモデルもストックとフローはコンシステントであるが、フローがストックにもたらす影響、あるいは逆にストックの変動がフローにもたらす影響がわかりにくいということだ。一方MMTはハイマン・ミンスキー以来の伝統で、ストック、つまり貯蓄ー負債の関係をマクロで捉えている。だから財政黒字はバブルの徴候であると警告できたのである。

7章は物議を醸すことも多いジョブギャランティ(JG)について。3章の的を絞った支出についての記述と併せて読めば、なぜJGという結論になったかよくわかるであろう。私自身はJGよりもBI推しであるが、本章のBI批判はフェアな内容だと思った。

8章は海外部門も加えるとMMTのモデルはどうなるかというお話。政府、民間に海外が加わるだけなので難しくはないと思うが、為替が絡んでくるので、そのへんも親切に解説してくれているのがありがたい。

9章はMMT批判や誤解についての反論である。これを最初にもってくるMMT本は多いのだが、昨年11月にビル・ミッチェル教授が京都で講演されたさいに、批判から始めるのではなくまず自分のアイデアを語りなさいとおっしゃっていたことを踏まえてか、後ろのほうに置いてある。本書をここまで読み進めてきた読者はMMT批判の多くが藁人形論法であることがすんなりわかるだろう。

10章はより発展的な議論であり、本書の一番面白いパートだ。ナロウバンキング批判、国債廃止論は他の本ではなかなかお目にかかれない。

というわけで初心者向けとはいいがたいが、MMTについてなんとなく理解しはじめたがまだまだスッキリとは理解できないという方には最適な一冊であるといえるであろう。


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