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出番だよ!残念四天王!

山ちゃんが1勝を手土産にA級から帰ってきた。うっかり「ただいま」と言っちゃうとB1に帰る気まんまんだったみたいになるので、そこは、気を付けたいところ。
「ただいま、まっつん」
言っちゃった。隙あらば自虐。それが山ちゃんのスタイル。
「おかえり山ちゃん」
山ちゃんを迎えたのは、やしもんだった。そこにまっつんの顔はない。
「まっつんは?」
「まっつんならB2に落っこちたよ」

山ちゃんは、ふかく目を閉じた。

note残念2

山ちゃんにとって、まっつんは、番人と書いてトモだった。12年もの時間を、まっつんと共にB1ですごした。
別れは1年前。
勝てばA級の一局で負け、まごつく山ちゃんに「おまえはA級に行け!足手まといなんだよ!」 まっつんは叫び、返す刀でごうだ九段を倒した。相矢倉の逆転勝ちで、この結果により、山ちゃんの昇級が決まった。

まっつんは、また、山ちゃんの命も救っている。
この昇級からさかのぼること、わずか1年、一転、山ちゃんは降級の崖っぷちにいた。最終節で、はたちんと二人並んで、崖からぶら下がった。そこに、ゆらりと現れて、はたちんを蹴落としていったのも、また、まっつんだった。
まっつんは、山ちゃんにとって、恩人と書いてトモでもあった。

note残念9

「おまえはA級に行け!」 山ちゃんとまっつんの別れの際、二人は階下(B2)から響く足音を聞いていた。最強最悪の脅威がもうそこまで、迫っていた。

最強最悪の名を、Fと言う。

Fは低木の果実をもぐように、勝ちを集めて回る異形の怪物である。どれだけ勝ちを食べても飽きず、相手が強者であろうが弱者であろうが関係はない。Fは等しく、盤を挟む者ものから、未来(トーナメント勝ち上がり)を奪う。

note残念3

「…それで、まっつんは、あいつと?」
「あいつ? …ああ、Fか。Fな。まっつんはやられた。俺もやられたよ。だってFだよ。無理だよ。それでも2人勝ったんだから、やるよ俺たち(鬼の棲家の鬼たち)」とやしもん。

やしもんの言う俺たち(鬼たち)の中に、自分がいない。山ちゃんは違和感を感じた。奇妙な考えが頭をもたげる。俺はA級に上がるべきではなかったのではないか。

「一度の経験というものは、何もなかったことと同じ」 そんなドイツのことわざがある。1年限りのA級在籍は、体験入学だった。番人本職の俺はB1に残り、Fを迎え撃つべきではなかったか。自身不在の間に、通過を許したのは、職場放棄ではないか。FがA級から落ちることがない以上、番人としてFと戦う機会は永遠に失われてしまった。
まっつんは、番人としてFと戦い、散っていった。
山ちゃんはまっつんの最期を思う。

「こいつは強えや、読みの量が桁違いだ。悪いな山ちゃん…。どうやら、おまえの帰りを待てなさそうだ…。ぐはあ」

note残念10

脳裏に映るまっつんの姿は、まさに番人の生き様だった。
「まっつんを一人逝かせちまって…。俺も一緒に逝きたかった」
山ちゃんは泣いた。

そんなもんかねえ…、とやしもんは、わからない顔。

「こんなもの」
山ちゃんはA級から持ち帰った1勝を投げ捨てた。A級でナイスガイから奪った1勝だ。形は丸で、色は白い。投げられた1勝は会館の廊下を転がり、自販機の裾に当たったところで止まった。
にわかにあやしく光りだす。

note残念4

山ちゃんの脳内に声が響く。
「…ジジ…ジジジ…聞こえますか、ジジ…聞こえますか? 今、私はあなたの心に直接話しかけています」
声に合わせて光が明滅する。
「…その1勝…は、大切に…すべき…1勝です」
その声に聞き覚えがあるような、ないような。「誰だ?」
「あっくんだよ」

声の主はあっくんだった。あっくんは、一般に番人とされていないが、そこはかとなく番人臭がするトモだった。
「ふつうに言えよ。心に直で話しかけるなよ。びっくりするだろ」と山ちゃん。
「まあそれは、そうなんだけどさ…ジ…ジジ…ジジジ………」

光は、押し黙った。
冷えた会館の廊下に、自販機の駆動音だけがかすかに響く。やしもんは、ただ立っている。ちがう。ニコニコしている。地顔という話もある。
山ちゃんに、あっくんの言っていることは分かった。昔、山ちゃんは、あっくんから、あっくんの1勝を見せてもらったことがあったのだ。

note残念5

「見せてやるよ。俺の宝物」
あっくんは、宝箱からあっくんの1勝を取り出した。色は白い。
「俺がA級で18回戦って、最後にやっと手にした1勝だ」
あっくんは過去に2度A級に昇級して2度落ちていた。1度目のA級では全敗した。2度目のA級も開幕から8連敗した。合算17連敗の果てに、最後にようやく1つ、会長まる太から負けましたの声を引き出した。
「会長、ゆるめてくれたんじゃないの?」
「バカ、そんなことあるわけないだろ!言っていいことと、悪いことがあるぞ」
あっくんはあっくんの1勝を宝箱にしまい直した。山ちゃんには、勝ち取った1勝よりも手からこぼれた17敗の方が大きく見えたが、あっくんにはその逆のようだった。

山ちゃんは廊下に転がる自身の1勝に目を落とす。簡単な勝利ではなかった。山ちゃんの隙あらば自虐というスタイルは、本当なら俺はもっとやれるはずだ俺はこんなものじゃないというプライドから来ている。

その心意気やよしではあるが…。

「自分が手にしたものを、もっと誇っていいんじゃないかな」
廊下の沈黙をやぶって、やしもんが、自販機の足元から山ちゃんの1勝を拾い上げた。やしもんは超やさしい。そう語ったやしもんの弟子がいる。
「で、君は誰と心で話し合ってたの?」
やしもんは服の端で、手のうちにある1勝を拭いて山ちゃんに渡した。

山ちゃんは、黙って受け取り「ごめん、あっくん」と、手にした1勝に謝った。
やしもんには、それで、察せられた。
心に語り掛けてきたのが、あっくんであったこと。あっくんから1勝をぞんざいに扱うな、とたしなめられたこと。

山ちゃんは、神妙な空気をまぜっかえす調子で言った。
「でもあっくんもな! せっかく僕が帰ってきたのに、心の声で済ますのは無精だよ。お互いの1勝を見せ合いっこする約束だったのに」
「そんな約束してたんだ?」
「それは嘘なんですけど、今、すごく会って話がしたい」
本心だった。あっくんと、A級順位戦のことを「だよねー」と語り合いたい。今、一番に話したいトモは、あっくん。

「うん、実はね…、それが無精ではなくてね」 やしもんは、少し口を濁した。「あっくんも、落っこちたんだよ」
山ちゃんの目が見開かれる。やしもんが言葉をつづける。
「まっつんと一緒に、B1から」

将棋界ではB1から上が一流、B2から下は有象無象という線引きがある。有象無象が一流に気後れするのは、どこの世界でも同じ。将棋界もその例に倣う。顔を会わせれば飲もうという話になるだろう。一流様に有象無象ごときが時間を使わせるのは申し訳ない。あっくんは、そう考えた。

「飲めばいいんだよ」
やしもんは、あっくんの携帯に連絡を入れた。

note残念6

一時間後、山ちゃんとやしもんとあっくんは、会館近くの塚田農場にいた。酔いが回ってきたころ、山ちゃんはリーダーと呼ばれていた。年初にA級だった山ちゃんは、将棋界の一大イベント、アベトナにおいてリーダーを担う立ち位置だ。

「この3人でアベトナに出よう!」と山ちゃん。
「意義なーし」と二人。
「チーム名はファンキーヤシキーモンキーベイビーズで!」 山ちゃんがぶちあげて、やしもんが「降りさせていただきます」

ゲラゲラゲラ。

そこで、ふと、あっくんが真顔になった。
「まじで、降りてもらっていいですかね。やしもん」

なんで? 回った酔いに水が差される。それがどんな冗談なのか、よくわからない。

「いや、ごめんなさい。まっつんが、この前アベトナに出たことがないって言ってたもので」
山ちゃんは第1回、3回、4回出場。あっくんは第1回出場。やしもんは、第4回出場。B2以下は有象無象だが、アベトナ出場は別枠の栄誉だ。
「まっつん、だめかな?」

山ちゃんが、立ち上がる。「それだよ!」 興奮して、こぶしを振り回す。「僕と、あっくん、まっつんで、チーム残念、結成です! …やしもん、申し訳ないですけど…」
「だから、俺は降りるって言ってるよ」 ニコニコとやしもん。

誰が言ったか、残念四天王という将棋スラングがある。山ちゃん、まっつん、あっくんの3人は、この四天王に名前が挙がっていた。今回、この残念四天王の3人がそろって降級、実に、残念なことになった。山ちゃんはA級からB1、まっつん、あっくんは共に、B1からB2へと。これはもう、チーム残念としてアベトナに臨むしかないぜ。

「マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになるように、俺たちのマイナスも掛け合わせて、優勝といこうじゃないか!」
やまちゃんが吠える。
「やまほー」
あっくんが応える。
一方、森の賢者、やしもんは思う。
「3人のマイナスを掛け合わせると、マイナス×マイナス×マイナスで、結局マイナスになってしまうんだけれども…。」しかし、そんな理屈はどうでもいいのだろう。チーム残念以上のチームコンセプトはない。優勝だ。「ただ、もう一つ掛け合わせるマイナスがあれば、プラスに転じることになるよな…」

山ちゃん、あっくんの二人は額を突き合わせてスマホをのぞき込む。さっそくまっつんにメールを打っている様子。スマホはあっくんのものを使用。あっくんとまっつんはVS仲間と書いてトモなのだった。
「( `・∀・´)ノヨロシク」
送信。

note残念8

着信の知らせがあったとき、まっつんは眠れない夜の中にいた。
返信は5秒で返した。
「(''◇'')ゞ」
まっつんからの了解の返信に、塚田農場は歓喜に沸いた。

某日、あっくん宅で、チーム残念のアベトナ研究会が開かれた。チームの3人と、員数合わせの助っ人まいどーが集まった。あっくんとまいどーは麻雀をよくする。メンツと書いてトモなのだった。
「まいどーは、アベトナ出ないの?」 とまっつん。
「あ、僕は今回、ひろせさんに選んでもらいました」とまいどー。
「だよね。まいどーの力なら」 君は強い。まっつんはそう言っている。まっつんのセクシーボイスが、まいどーのないはずの子宮に響く。

ピンポーン。家の呼び鈴が鳴った。

あっくんが、宅急便を受け取って戻ってくる。送り主はやしもん。
「やしもんが、何を?」
箱を開けると、ユニフォームが3着入っていた。チーム残念は、これを着て戦えということだろうか。背番号が入っている。84番とある。はて?どういうことだろう。
「背番号としては大きいね。野球だと、コーチが着る背番号だ」
「なんだろう?意味あるのかな」
「そこはあるでしょう」
「84、84、84、84、…」
「羽生ゾーン?」
「羽生ゾーンは、8三だよ」
「8四と言えば、二手目8四歩」
「……。」
「相掛かり指向です」
「うーん」
「リーダーと言えば、相掛かりじゃん」 
「でも7六歩、8四歩は相掛かりにならないよ」
「矢倉だね。それか、角換わり」
「Fはさ、初手2六歩だから」
「Fはね」
「そうか」
「いつでも心にFは見据えていろと」
「ふかい」
「メッセージ性ある」
「わかりにくいよ、やしもん」

3人は早速、ユニフォームを着てみた。

note残念7

「いいね」
「チームになった気がするね」
「身が引き締まる」
「マイナス×マイナスがプラスになった感ある」

3人は空に向かってこぶしを挙げた。まいどーは別チーム所属ではあるが、ひとまず拍手して調子を合わせた。

やしもんが同じ空を見上げている。研究会の日に合わせて、日時指定でユニフォームを送った。
「ちゃんと届いたかな」
届きました。
「気づいてくれたかな。背番号84の意味」
それに関しては、彼ら、気づかなかった。違う風に解釈されてしまいました。

やしもんの真意は、84、ハッシー。

(残念四天王) ー (チーム残念 の3人) = 1
ハッシーは残念四天王のうち、唯一人、チーム残念に欠けた者にして、残念四天王の名付け親。自らを含めた4人を残念としたのは、突き抜けきれない惜しい棋士という意味において。
諸事情により将棋界から引退。辞めたくて辞めたわけではなかった。受けが強くて筋の良い将棋に定評があった。A級在籍経験もあり2勝を上げた。早すぎる引退だった。

ハッシーを背負って戦う。四天王3人では、マイナス×マイナス×マイナスで、結果マイナスだけど、四天王が4人そろえばマイナス×マイナス×マイナス×マイナスで、プラスに転じる。

送ったユニフォームにはそんな意味があった。残念四天王が再結成だ。行け!残念四天王!戦え!残念四天王!
やしもんも空に向かってこぶしを挙げた。同じ空をハッシーもきっと見ている。


この文章で上がった収益は、全てボス村松の演劇活動と植毛に充てられます。砂漠に水を。セイブ ザ ボース。