車校 その4

教習がはじまり一週間を経つ頃、初めて晩飯を共にしてまともに会話したのが60近い葉巻を吸うイカツイおっさんと、土方をやりながらカワサキのバイクの夢を見る保護観察中の16のヤンキーだった。

これが中々面白くて、この時期に車校来たことに妙な喜びを覚えた。

おっさんの話をするトーンは超ゆっくりで優しい。森本レオを3倍に希釈したような朗らかさで話す。聞けば若い頃はスーパーカーにだって乗ったし、世界中色んな所を見てきたと語る。マイアミから去年家族を連れて帰ってきた所だと言うおっさんは、オランダで労働ビザがフリーになったらしいという話をすると目を輝かせて、あそこはいい街だ、マリファナに飾り窓、若い時はよう遊んだわと遠くを見つめる。この時からブレイキング・バッド育ちの俺はおっさんのこと勘ぐり始める。おっさんがいつも履いているコーチの靴を思い出して勝手に納得する。合間に「人生はほんとに色んなことがある、ほんとに」「色んなやつがおるからな」と何度も繰り返すおっさんは、自分から旅の話こそすれど、それ以外のディテールはほとんど話したがらない。

ここで黙々と唐揚げを食らうヤンキーに向きなおして話を聞けば、自分母ちゃんがいなくて…親戚まともな人いなくて…と聞くまもなく家族の内情を教えてくれた。父ちゃんは誰か知らない、母ちゃんも覚えてない、婆ちゃんだけが頼りだ、他の家族に嫌われてんすよと話すヤンキーはすぐ中学卒業して埼玉の土建で住み込みで働いてるそう。泣ける。

黙って頷くおっさんと、あっけらかんと家族の内情を話すヤンキーと俺

閉店時間が来て、サッと3人とも自分の部屋に帰った。部屋にノックがあったかと思うと、おっさんがドアの前に葉巻を持って立っていた。「これあげるよ、そこで吸いよ」とそれを手渡すとイカしたアロハをなびかせて部屋に戻っていった。隣の部屋だった。

二時間ほど部屋でダラダラしていると、どこかがぎゃあぎゃあ騒がしい。まくし立てるような声に、なんぞやと思ってテレビの音を消すと、声は隣の部屋から聞こえていた。たぶん電話だ。詳細は聞き取れずとも、もの凄い剣幕でまくし立てる声にちょっとショックを受けながらも、聞くのはまずいなと思って二階の喫煙所に行った。

すると、真っ暗な喫煙所でさっきのヤンキーが出来上がるどん兵衛を前に、navy&ivoryの指輪を聴いていた。「うわー懐かしい。中学生ぐらいの頃くそ聞いてたわ」と言うと「知ってんすか!俺古い曲めっちゃ好きなんすよ」と言われて「古い曲ね」と言いながら煙草に火をつける俺。

ふと彼の傍らに目をやると、いつもドアを開けっ放しの部屋に転がっていたTOMMYのバッグだった。寂しくてドア開けてたんじゃないのかと思うと、無性に抱きしめたい気持ちに駆られたが、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせて、煙草を消して居室に戻ってきた。

「色んなやつがおるからな」ほんとにそうだと思った。


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