いつだって寂しい思いをするとわかっている、それでも先へ進む。
昔から、「終わり」を迎えるのがすごく辛い。「そんなもんお前だけじゃねぇよ馬鹿野郎」と思う人もいると思う。でも、ちょっとだけ聞いてほしい。
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保育園のとき、親の離婚がきっかけで住んでいた家を離れて引っ越すとき、近所の友達と一生遊べなくなると思い、泣きわめいて母を困らせた。
中学校を卒業するとき、もう一生この通学路を歩かないのだと思って、帰り道、ひとり歩きながら泣いた。
高校を卒業するとき、もう一生学生には戻れないと思い、卒業式の後にみんなで行ったカラオケで泣いた。
はじめて買った車を手放すとき、スクラップにする日産の車のエンブレムだけを剥ぎ取ってもらい、新しく納車された車に乗ってウキウキで帰るはずなのに、運転しながらエンブレムを握りしめて泣いた。
実家の柴犬がもう長くないと知って、板前修業を放り出して実家に帰って、動物病院のゲージの中にいた、元気のない「ポッチ」を撫でながら泣いた。
とてもここには書ききれないくらい、数多くのものと「別れ」を告げてきた。
始まったら必ず終わりを迎えるはずだとわかっているはずなのに、ぼくはずっと先に進むし、進まなくても、今生の別れではくても、少なくとも「その環境」は必ず終わりを迎える。
こんなのずっと昔から、色んな人が色んな言葉に変えて言ってきた言葉だと思うけど、始まりがあれば終わりがある。
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ぼくは、7月いっぱいで、現在管理人をつとめている「ハイパーリバ邸」を離れることにした。
どう考えても、今が「タイミング」だったから。
昨晩、いつものメンバーと他愛もない話を終えて、みんなが寝静まった後、一人リビングの特等席ソファーに寝転んで、ふと思った。
数えてみれば、ぼくがこのソファーにだらしなく寝転んでいられる期間も、残りあと1ヶ月しかない。
そう考えたら、クーラーの音がやけに響くリビングが急に無音になったような錯覚に陥った。
ぼくは「居場所」とは「人」のことだと思っている。
でも、その上で、場所にもやっぱり大きな意味がある。
実家に帰ったらなんだか安心するように、小学校の通学路を歩いたらなつかしくなるように、なつかしい場所にはなつかしい場所の匂いがあるように。
ハイパーリバ邸が、誰かにとって「ただいま」と言って安心できる居場所になるように、創設者の宮森はやとが抜けたあとは、頼りないながらも必死に守ってきたつもりだ。
共同管理人のパラベルさんと共に、協力してくれる優しい住民の力添えを大きくもらって。
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ハイパーリバ邸を離れるという決意をして思い出すのは昨年の6月20日。
当時まだクラウドファンディングの途中だったのに物件の契約上、住み始めなければいけなかったがために、半ば無理やり今の「箱」に入居した。
まだクーラーもなかったハイパーリバ邸に、ハイエースにパンパンに積み込んだ荷物を裏の窓から無理やり放り込んで、まだ調理器具も一切なかったので、惣菜を買ってきて、汗だくのまま乾杯した。
あまりにも暑すぎたので、窓を開けながら初日のお祝いをしていたら、宮森はやとの笑い声が大きすぎて、近所のおばさんから本気のクレームを食らった。
この先やっていけるのかどうか、本気で不安になった。
だめだ、全部書き起こしたいと思ったけど、これはまたの機会にする。
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新しい何かに挑戦しなくても、いつかは必ず終わりを迎えることは間違いない。
悲しさのような、切なさのような、そんな気持ちを抱きたくなければ、せめてそのまま止まっていればいいのだと思う。
だけど、その人生を選べない。
出て行く人間としてこんなことを言うのはすごくわがままだとわかっているけど、ハイパーリバ邸は「ここ」にあってほしい。
そして、たまにフラっと立ち寄ったときは、「おかえり」って言ってほしい。
今、ひとり、静かなリビングでクーラーの無機質な音を聞きながら、この文章を書いている。
今のこの気持ちをどこかに形にして残しておきたかった。
新しい何かに飛び込むときは、何かを終えるとき。
新しく飛び込んだ先も、いつかは後にする。
いつだって寂しい思いをするとわかっている、それでも先へ進む。
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