見出し画像

「ここでの出会いが、今も私の背中を押している」岡根谷実里さん|ボーダレスメイトストーリーvol.1

国籍やルーツに関係なくお互いを尊重しあう多文化共生社会の実現を目指し、日本・韓国・台湾でソーシャルビジネスを展開するボーダレスハウス株式会社。「ボーダレスメイト ストーリー」は、国際交流シェアハウス「ボーダレスハウス」の元入居者であるボーダレスメイトにインタビューをしていく企画です。

第1回は、東京・田端にあるBORDERLESS HOUSEに2022年2月から2023年5月まで滞在された岡根谷 実里さんにお話を聞きました。

おかねえ(左)にボーダレスハウス代表の李が話を聞きました

プロフィール
おかねえ(岡根谷 実里さん)
世界の台所探検家。世界各地の家庭を訪れ、一緒に料理をし、料理から見える社会や暮らしを出張授業・ワークショップ・講演・研究・執筆などで伝えている。近著は「世界の食卓から社会が見える」
note / XInstagram



海外生活と同じ発見が毎日あった


——おかねえの自己紹介からお願いします。

岡根谷 実里、仕事は世界の台所探検家です。7年ほど前から、世界中のご家庭に2、3週間滞在させてもらって、毎日の料理を一緒にするなかで見えてくる暮らしや文化、社会背景を読み取って、伝えていくことをしています。

——出会ったきっかけは、僕がおかねえの本を見て、「この人、良い!」と思ってコンタクトを取らせてもらったことでしたね。「ちがう」を楽しむというコンセプトのBORDERLESS STATIONという場所ができたばかりで、多国籍料理のイベントでコラボをお願いしたくて声をかけました。

そうでしたね!その時、ちょうど家も探していたので、ボーダレスハウスに入らせてもらうことになりました。入居したのが2022年2月で、そこから1年ちょっと住んでいました。

——入居前から世界の台所探検家として活動していたおかねえにとって、ボーダレスハウスでの生活ってどうでしたか?

いや、めちゃくちゃ良かったですよ。入居した頃は、コロナで海外に行きにくかったこともあって、情報のインプット不足や閉塞感を感じていたんです。海外の文化や生活のことを知りたいと思って入居したんですけど、現地の家庭にいる時と同じような発見が毎日ありました

大きめのキッチンがあることもボーダレスハウスの魅力だそう

印象に残っているのは、アメリカ人の子がミートボールとケチャップでお手軽パスタを作っているのを見て、イタリア人の子が「パスタで一番大事なのはソース。だから、あれはパスタではない」と話してくれたこと(笑)。

私個人としては「どっちもあり」と思うけど、彼女の見方を知れたこと、その後ろにある文化や生活、イタリアの人たちがパスタをどういう文脈でとらえているのかを知るきっかけになりました。そういう発見が毎日の暮らしのなかや台所での会話にあって、すごく楽しかったですね。

——そういう時、「へえ、そうなんだ」で終わらずに、深掘りしていたんですか?

それもあるし、私が料理に関心があることを知っていたので。ただ、その時の彼女には「言ってやらなければいけない」みたいな怒りに近い熱量もありましたね(笑)。

——入居中は、ハウスメイトに料理を振る舞ったりしてたよね。

しました。ただ、実際にはそんなに回数は多くないです。それよりは、自分用に料理をしている時にハウスメイトが来て、そこから会話が広がったり、一口あげたりもらったり、そういった毎日の食事の時間の方が印象に残っていますね。


当たり前や無自覚が変わる体験


——ボーダレスハウスに住む前から世界中に足を運んでいたおかねえですが、ボーダレスハウスでの共同生活を通して変化はありましたか?

はい。「日本的インターナショナルコミュニケーション」の術を身につけたと思います。

——「日本的インターナショナルコミュニケーション」? どういうことですか?

ボーダレスハウスって、もう本当に毎日色々なことが起こるんですよね。小さなことでは冷蔵庫の置き場所だったり、誰かと誰かがイチャついていたり。

意見の相違がある時でも、日本の社会ではあまり議論を好まないですよね。衝突を避けて、こう、にゅるっと行くみたいな。

——そうだよね。大人になると衝突すること自体少なくなるしね。

ですよね。一方で、西洋的な社会では割とディスカッションしたり、意見を戦わせることを大事にしているし、私個人としては議論するのは結構好きだったんですよ。ただ、絶対に主張を曲げない人が相手だと、議論が白熱して、そのうち何のために議論しているのか分からなくなることがあるんだなって分かったんですよね。

具体的にいうと、ボーダレスハウスでパーティがあった翌朝、近隣の方の迷惑になるとスタッフの方から注意を受けたことがあったんです。ヨーロッパ圏のハウスメイトが「僕たちの家なのに、そんなことを言われるの?」と言いだして、「日本のルールではこうなんだ」と説明をしても、「自分の国ではそうじゃない」って曲げなくて。これはどこまで行っても絶対に平行線だし、正しさを主張することが正解じゃない場面があるって気づいたんです。

こういう時は議論せずに日本的なにゅるっと解決も悪くないなと思えたし、人とぶつかりたいわけじゃないという自分の中にある日本人らしさにも気がついた経験でした。

——なるほどなぁ。ハウスでの生活で、楽しかったのはどんな時でしたか?

夕飯の時間ですね。誘い合わなくても、食事の場には誰かいて、なんとなく会話が生まれる。友達みたいな、家族みたいな、同世代の話せる人がいるというのが新鮮でした。家に帰ると誰かがいて、ただいまって言えるありがたみとか。

ただ私は、人がいるあたたかさというのもあるけど、自分の当たり前が全然違うって知れることが刺激的でした。海外の人はもちろんだけど、日本人同士でも知らないことっていっぱいあるんですよね。

私は食に関する仕事をしているので、みんなお家で毎日ご飯を作るものだと思っていたけど、実際には毎日コンビニのご飯ですませる人もいて、そういう出会いも私にとっては異文化でした。

——確かに、仕事や趣味以外で、人とつながったり一緒に過ごす体験ってあまりないよね。

そうなんですよね。ハウスメイトには18歳の子も30代の人もいて、価値観も職業も全然違う人が暮らすので、毎日シャワーのように知らないことが降ってくるのが面白かったですね。

ボーダレスハウスに入居する前に、料理好きの人が集まるようなシェアハウスを探していたこともあるんですけど、ここでは”食”界隈じゃない人たちの率直な意見や反応がもらえた。「好きに食べてね」と料理の試作品を置いておいても、減りの良いものと良くないものがあって、お菓子はやっぱり人気だなとか、ビジュアルって大事なんだなと分かったり。そういう場としても貴重でした。


興味あることにまっすぐ向かっていく


——ボーダレスハウスでの体験は、今どんな風に影響してますか?

日本の当たり前の毎日の見え方が変わっていった、そんな実感があります。

イタリア人のハウスメイトと、評判のいいピザ屋さんに行って、「おいしかったね」と言ったら、「うーん。お皿の上にちょこんと乗っている感じがおいしそうに見えなかった」って言うんです。日本だとお皿の真ん中に上品に盛られているのが綺麗とされているけど、彼曰く、イタリアではピザは皿からあふれるように盛られるものなんだそうです。

ほかにも、ベジタリアンの子から「日本で食べるものがないんだけど、どうしたらいい?」って相談されたこともありました。そういう視点で眺めてみると、お味噌汁はおすすめできそうだけど、外食した時に単品で頼める場所が少ないなって気づいたり。

その瞬間の出来事と言うより、文化やその背景にあるものを含めて捉える視点が生まれて、日本社会の見え方が変わりましたね

——ハウスメイトだった人たちとは今もつながっているんですか?

今も連絡とりあったり、向こうで会ったりしてますよ。

韓国にお弁当の調査に行った時に、ここ行ってこの人に話を聞いたらいいよって教えてくれたり、オーストラリアでは家に泊めてもらいました。現地のスーパーにも連れて行ってくれて、オーストラリアにはアイスの1個売りがないって教えてくれました。イタリアの子とも連絡を取り合っているし、あの時にできたつながりに、今もめちゃくちゃ助けられてますね

——海外の行く先々に友人がいるって良いですね。おかねえの今後についても教えてもらえますか?

実は、8月からオランダに行くんです。これからも世界の台所探検家であることには変わらないけど、大学に通って文化人類学を学びながら、自分の仕事を英語で発信していきたいと思ってます。

ボーダレスハウスにいる海外の方って、日本が好きだから長く住んでみたかったとか、日本語学校に通っている人も多いじゃないですか。仕事を辞めて海外に1年住むって、社会人として道を踏み外しているようなイメージがあったし、日本語を学んで何か役にたつんだろうかと実は疑問に思ったりしていました。

——彼らは、チャレンジとか決断みたいな構えた感じというより、何の保証もないけど興味があるからやってるという感じだもんね。

そう。で、実際にその後、日本で仕事を見つけたり、次のキャリアにつなげていたりして。彼らと出会って、こういう生き方もありなんだって思えたんですよね。

——なるほどね。彼らの自由さ、身軽さが影響しているんですね。

私の場合も、移住とか大人の学び直しと言えばかっこいいけど、もっとシンプルに、興味があるからとりあえず1年行ってみるって感じです。文化人類学を選んだのは、パスタの一件でも、知ってるか知らないかで見え方が全然違うと気づいて、ものの見方をあらためて勉強したいと思ったから。

海外で、日本語以外で仕事してみたいとぼんやり思いながら、具体的に実現するイメージは描けずにいたけど、ここでの出会いがあって、私もやってみたらきっと何とかなるって思えたんですよね。今回、踏み切れた理由の一つには、ボーダレスハウスの経験がありますね。

——これから、楽しみですね。またキャッチアップさせてください。

ありがとうございます。はい、ワクワクしてます。


ボーダレスハウス とは


暮らしながら、世界とつながる
世界50か国以上の人が集まる国際交流シェアハウス
入居に関するお問い合わせはHPから

「ちがう」を越えて、人と社会をつなぐ。ボーダレスハウス株式会社

私たちボーダレスハウス株式会社は、国籍やルーツ、生まれた場所、性別などのさまざまな「ちがい」に関係なく、一人ひとりの多様なアイデンティティが尊重され、つながっていく体験とコミュニティをつくりたいと強く思っています。
「“ちがう” を越えて、人と社会をつなぐ」というビジョンの下、出会いやつながりが多文化共生社会への一歩になると信じて、差別偏見と向き合うソーシャルビジネスを社会に広げていきます。


STAFF
TEXT:Naomi Ogawa
EDIT:Mami Shimura


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?