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【2015年12月】チケット ――私の2015年

 夢みたい。彼はそう思った。まさかいつもだらだらしている自分が、この電車のチケットを手に入れた。最初から、こんなラッキーなことは自分とあんまり関係ないと、ずっと思っていた。ただ、せっかく申し込む機会があるので、一応試すつもりだったが。
 彼はもう一度握っているチケットを見つめた。この一年、自信がないとはいえ、やはりこの電車に乗ってからの事ばかり考えていた。「俺の未来はなんと美しい、この電車の目的地についていれば、俺の人生はこれから輝いているに違いない。でも、乗られないならどうするかね。むしろ未来真っ暗。想像できない。なんという絶望なことだ」。
 でも、もともと乗られのとは思わなかった。
 でも、確かにチケットは今握っていた。
 自分の夢は、もうすぐ実現できるのだった。
 あと二ヶ月、ゆっくり過ごそう、出発の準備もゆっきりしよう。

 いよいよ乗るまで最後のチャレンジだった。乗客たちの身体検査の日を迎えた。無事に済んだら、後は乗車して、発車だ。彼はこう見ても、自分の健康状況について結構自信を持っていた。そればかりでなく、彼は乗り物が大好きだ。周りに車や船に弱い人々がいるけど、かれは全然平気だ。むしろ、あんな弱い人々に対して、かれは同情心を抱いている。彼にとって、人生最大の楽しみは、乗り物に乗って、窓から外の風景をじっくり見ることだ。こんなことができないなら、人生はつまらないものだ。
 彼の番だった。この前検査を受けてしまった人々の表情から見ると、やはり簡単な検査ではなかった。でも、「俺ならきっと大丈夫だ。だって、乗り物がこんなに愛しているやつだし」と彼は思う。検査の時間は予想より速い。検査室から出ると、彼はとてもうれしい。「なんだ簡単すぎる」。彼から見れば、全部優秀というのも大げさではない。
 家に帰ると、彼はずっとワクワクしていた。あとは二日後の結果発表まで待つ。彼は自分がすでに電車に乗っている気がした。何か準備しよう。食べ物とか、飲み物とか。いや、前向きに目的地の天気を調べろう。あそこの秋は結構寒いと聞いている、では新しいコートでも買おう。そう思うと、かれは今まで行ったことのない高級デパートへでかけた。

 二日後、彼は朝からずっと電話のそばに座っていた。電話をじっと見守っていた。ドキドキして、ご飯もトイレも行かなかった。朝から昼、そして日が暮れた。電話はまだ鳴っていなかった。この一日、彼は様々な可能性を考えた。「もしパスできないなら。って、そんなわけないか」。
 と思いきや、電話が悲鳴のように鳴っていた。彼は急いで立ち上がって、手が震えながら出た。
 「もしもし、宮沢です」
 「もしもし、こちらは電車運営局でございます」
 「あっ、はい」
 「宮沢さんこんにちは、いつもお世話になります。今お知らせがございますが、そちらのご都合がよろしいでしょうか」
 「あっ、はい」
彼は興奮すぎて、話もうまくできないみたい。
 「はい。実はこの前の検査結果より、宮沢さんはこの電車にのることができませんと判断いたしましたので」
 「……」
「もしもし、宮沢さん」
「あっ、はい」
 「本当に申し訳ございませんが、ここでお知らせいたします」
「あっ、はい」
「では、これからもよろしくお願い致します」
「あっ、はい」
 ……
電話が切れた。そして彼は気づいた。「俺は、『あっ、はい』しかしゃべってないね。それもそうだね、拒絶されただもんね。そうか、無理か、電車は」。彼はロボットのように電話を握って、そので立っていた。
いったいどこが悪いのか。心か、胃か、それとも全身全部か。今から見れば、心が痛いので、やはり心なのだと彼は思っていた。なら、他の人に心臓が悪いので行かなくなっちゃったの言っておこう。

 やはり行きたい。あの電車の目的地へ。あの電車はダメなら、他の電車を探そう。それもダメなら、歩いてもいい、あそこへ行こう。彼はもともと気ままに過ごしているダメ人間だけど、今回は本気を出した。
 歩くのはさすがに無茶すぎるけど、電車を探すのは不可能ではない。だから、かれはいろいろな調べをした。それに、いろいろな人の意見を聞いた。何度も騙されたとしても、彼はずっと諦めなかった。最後、彼はもう一つの電車を見つけた。
 なんというボロ電車だ。短くて席も硬かった。けれど、確かにあの目的地へ行く電車だった。本当に行けるのか。彼は考えているけど、確かにこの電車の乗客はあそこに着くこともある。目的地に行くなら、それを乗るしかなかった。
 じゃ、乗ろう。彼は簡単な荷物を背負って、この電車を出発する直前に車内に飛び込んだ。席についてからすぐ、発車の時間だった。
 それはわがまますぎない?彼は大きく息をして、そう考えた。でも、そうするしかなかった。なぜなら、一年の時間をかけて、あのチケットを手に入れた。他のこと全部諦めた。今更、チケットはもう用がないけど、ほかにできることもない。なら、やはりあの目的地へ行くしかないのだ。

 乗り物大好きだ。未だにこの趣味すらろくに感じることもなかった。ただ早く目的地に着きたかった。彼はいつも通り窓から外の風景を眺めていた。以前ならきっとワクワクしたけど、今回、風景を眺めているたびに、「この電車の速度は遅い。なんだよ、風景は全然動かないじゃんか」と怒っていた。
 多分それは彼の心理的な問題だろう。でも、彼は本気に怒った。こんな速度じゃいつまで目的地に着けるだろう。死ぬまでかよ。彼は席から立っていた。なんとかしなくちゃ。
 彼は走り始めた。そう、電車の中で。全力をかけて走っている。周りの人々は、「変なやつ」だと思っているように見えるけど、彼は走り続けた。「そのまま座れば、いつか死ぬかもしれない、だから走れ、自分」。

 メロスではなくて、彼は彼だ。でも、きっとメロスより速く走っている。電車の中で、たった一人で。このまま走れば、きっともうすぐ飛んで行くのだ。目的地もすぐ目の前に。
 彼は信じている。そして、いまでも走っている。

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