ハガクレ・スチール #05

05 遭遇

 動物たちの声と渓流のせせらぎが澄んだ空気を伝う温帯の森。自然の静寂を破って水面から姿を現したのは、全身にパラシュートを絡み付かせた屈強な青年であった。SG-01である。
『ええい、風に流されたあげく川に落ちるとは…… 降下予定ポイントからずいぶん離れたな。SG-01、機能に問題はないか』
 ナニカノ博士のロボットは岩場まで歩き、そこで糸が切れた人形のように脱力するとがくりと膝をついた。
『着水時の衝撃により12ヶ所の外皮損傷、34ヶ所の内部破損が認められます』
『な、なに!? そんなヤワに造った覚えはないぞ!』
『浸水により89%以上の機能が停止。博士、俺はここまでだ。今まで楽しかった……』
『ま、待て! お前にどれだけ金をかけたと思ってる、壊れられては困る!』
 機内プライベートルームの博士は立体映像キーボードを高速で叩き、SG-01のステータスを入念にチェックした。
『……何も問題は無さそうだが?』
『ぼくニ じょーくヲ言ウ 高等知能ヲ与エテ下サッタコトヲ 光栄ニ思ウガイイ』
『はっはっは、こいつめ! 次やったら強制自爆コマンドを送るぞ』
 SG-01はびしょ濡れのパラシュートを切り離し、全身十か所以上に小さな送風口を展開させた。強い温風が吹き出し、下着とガウン、特殊繊維の頭髪をたちどころに乾燥させる。
 さらに用済みのパラシュートに右手人差し指を向けると、スプレーめいた霧状の液体を噴射。ナニカノ博士のゴミ問題対策用特殊繊維で造られたパラシュートは見る見るうちに分解消滅していった。
『パラシュート処理完了。これよりコンテナ探索に移る』
 そしてSG-01は、たった今風呂から上がって来た様な姿のまま森の中に踏み込んでゆく。

『珍しい動植物があれば報告しろ。採取したいところだが、まあ映像だけでも価値がある』
『まったくワガママなお姫様だ』
 木漏れ日が差し込む道なき道を、SG-01は周辺環境をモニターしながら進んでいた。シンプルな気温・湿度のデータ、メインカメラに映る樹木の葉一枚、その表面を伝う小さな虫の生態、さらに足部センサーが感知する土壌の成分まで。
『待て、そこ…… 草の間に何か映らなかったか』
『これは、ヘビです。外見的特徴はナマラ属に酷似しています。威嚇してるっぽい』
『変わった体色をしているな。固有種かも知れん、出来るだけ映像を…… あっ逃げたぞ、探せ!』
『ヘビを探すかコンテナを探すか、せいぜい秤にかけることだ』
『ぐぬぬ…… あっ、そこ! その倒木を見ろ! なんだその毒々しいキノコは!?』
『やれやれでございますわ……』
 博士が興味を惹かれるものをひとつひとつ解析しながらも、SG-01の足取りは早い。高性能センサーによって周囲の複雑な地形を探知、樹木や岩などの障害物を避ける最適ルートを前もってシミュレーション。一瞬後にそのルートを寸分たがわず辿れば、鬱蒼とした森の中を滑るように進んでいくことが出来る。その動きは人間というよりは野山を駆ける獣めいていた。
 SG-01は命じられるまま素早い移動と急な停止を繰り返し、やがて二時間も経つ頃には本来の効果予定地点に到達。通常であれば調査できない(してはならない)J地区の自然環境映像資料も集まり、これも怪我の功名とナニカノ博士はいくらか機嫌を良くしていた。

『こうしていると、昔サキニ教授にやらされたフィールドワークを思い出すな』
 遠くを眺めるような声が、獣道を行くSG-01に届く。彼の電子頭脳は博士の声を受信しているが、聴覚センサーは周囲の環境音を記録し続けている。枯れ木を踏む音、無数の葉のさざめき、どこからか響く動物や昆虫の鳴き声は、高度な臨場感を伴って輸送機の端末で再生されていた。
『足腰がヘロヘロになるまで歩き、気持ち悪い虫だの草だのを採取して、山の中で何日もテントを張ったものだ。その頃はひたすらに面倒としか感じなかったが、人生どんな経験が役に立つか判らないな』
『僭越ながら。今この瞬間にジャングルをさ迷っているのは私であり、お嬢様は居心地の良い部屋で音と映像を楽しんでいるだけであることをお伝えします』
『思い出したというだけだ。過去は過去、今の私は科学者としてさらなる高みに至るため飛翔しているのだ。こんなハプニング処理のため現場に足を運ぶ暇は無い』
『それなら目的を絞ること……』
 SG-01の言葉が一瞬途絶える。
『動体センサーに感アリ。複数の人間が駆け足で接近中』
『身を隠せ!』
 SG-01は近くの藪に飛び込んで身を伏せた。数秒後、獣道を駆けて来たのは若い女性だった。野菜が詰まった籠を背負っている。
「待ちやがれ!」
 遅れることさらに数秒、五人の男たちが叫びながら現れた。手に手に刃物や弓矢を持ち、明らかに女性を追っていた。
 一団は草むらに潜むSG-01に気付くことなく通り過ぎてゆく。男たちの怒声が木々の向こうに遠ざかり、少しして、彼は己の創造主に問うた。
『どーすんのよ』
『追え。服を調達しよう』

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