ハガクレ・スチール #07

07 対話

「あー、怖かった」
 ナニカノ博士はクマのぬいぐるみをギュッと抱き締めた。眼前のモニタにはSG-01の主観映像がリアルタイムで送信されてくる。先程までそこに映っていたのは、数百年は文明が遅れた国の、明らかにアウトローに類する男たちが、敵意を露わに武器を向けてくる姿であった。
 こういった力づくの場において、一瞬ごとに適格な指示を下すセンスを博士は持っていない。しかし世界中の格闘術や戦闘理論をインプットした最新ロボットに万一のことがある筈もなく、全て現場に任せておけばいいのだ。
 そして今モニタに映し出されているのは、怪訝そうな目でこちらを見る現地人女性の姿だった。
『これ、あんたが?』
  彼女の声音は固い。即座に敵と見なされることは避けたが、荒事の最中に現れた見知らぬ男に警戒を解く筈もないだろう。
『さて旦那、どう答えますかい?』
 SG-01の問いは輸送機の端末にのみ届き、現地で出力されてはいない。
「私が話をする」
 博士は即答し、愛しのパープルクローを片手に抱いたまま通信用マイクを握った。

「あーあー、マイクテス、マイクテス」
「?」
 遠く離れた森の中。暴漢たちが倒れ伏す中でSG-01はぶつぶつと呟いた後、小屋の戸口に立つ女性に向き直った。
「さて、君だ。怪我は無いようだな」
 それはまさしく男性の声音としか思えない。受信したナニカノ博士の声をリアルタイムで変換し、SG-01のボディから肉声のごとく出力しているのだ。
「ああ。まあ、なんとかね」
 女性はわずかに緊張を解いて答えた。やはり、このJ地区でも世界基礎言語で意思疎通が可能だ。
「ならば良かった。質問に答えよう。ここにいた三人の男は私が制圧した。森を歩いている最中、君が追われているのを見て尾行させてもらったんだが……」
「助けてくれた、ってこと?」
「半分ぐらいはそう捉えてくれると嬉しい」
 SG-01は肩を竦めて笑った。博士の発言意図をすばやく把握し、会話中の表情ひとつ、仕草ひとつに至るまで違和感なく振る舞うことが出来る。
「とはいえ、余計なお世話だったかも知れないな。大したものだ」
 SG-01は小屋から吹き飛ばされた男の傍らにしゃがみ込む。頭部に強烈な打撃を受けたものと見え、もう暫くは目を覚まさないだろう。
「何か心得が?」
「まあ、少しはね。喧嘩自慢さ」
 女性はその場で軽く拳を振るった。明らかに少しどころではないが、深く聞く必要もない。
「でも、ありがとう。五人相手はやっぱり怖かった。あんたがやっつけてくれて助かったよ」
  まだこちらに気を許した訳ではないだろうが、彼女は初めて笑顔を見せた。
「役に立てたなら何より。しかし言った通り、理由の半分さ」
「半分?」
「実はとある探し物をしているんだが、手がかりが少なく困っていてね。この辺りに詳しそうな人に質問する機会が欲しかったんだ」
「探し物ねえ」
「君にも訊いておこうか。大事な荷物を運んでいたんだが、入れ物ごと盛大に落としてしまってね。この辺りで大きな音がしたとか、変なものを見たということはないかな?」
 女性は考える素振りを見せた。
「ここより少し上の道を進んでいたら、急に傾いてズルズルと落ちていって、あっという間に見失ってしまった。川に流された可能性もあるし、誰かに取られた可能性もある」
 勿論わざと要点をぼかした言い方をしている。J地区の文明レベルを考えれば、女性の頭の中では馬車などの積み荷が不意にほどけ、落下する光景が浮かんでいるだろう。
 少しして、彼女は「知らないな」と首を振った。
「おれはたまにこの道を使うけど、詳しいって訳じゃないんだ。いつもサッと通る所以外はなんとなくしか分からない。このお堂だって今日初めて見たし」
  心拍数に不自然な変化無し。嘘ではない。
「ありがとう。では、こいつらが目を覚ましたら尋ねるとしよう」
 少し間があった。女性はしばしSG-01に探る目を向けた後、口を開く。
「なあ、あんたはその…… おれが追いかけられてるのを見たってだけなんだよな?」
「そうだな」
「もしおれが野菜泥棒で、こいつらが商人や畑の持ち主だったらどうする?」
「考えないようにしよう。暴漢に襲われた女性を助けるさすらいの勇士でいたいからね」
 彼女は肩をゆすって笑った。その表情は幾分か柔らかくなっていた。

 それから女性は小屋(彼女はお堂と呼んだ)の中に一度引っ込み、野菜が詰まった籠を背負って出てきた。
「どうしよう。この野菜は店で使うし、何もお礼できないな」
「気持ちで十分。私が勝手にしたことさ」
「あんたは探し物を続けるのか? もうすぐ日が暮れるけど、何か力になれたら……」
「野宿は慣れてるし、獣を避けるすべも知っている。気にせず行けばいい」
「そっか」
 彼女は残念そうであったが、すぐに明るい顔を見せた。
「おれはミナカ。ツグミの町の“わふう亭”って宿で働いてる。来てくれたら代金オマケするよ」
「私はダレカノ。再会の機会があることを願うよ、ミナカ」
 木々の間に消えてゆく背中を、SG-01は小さく手を振って見送った。
『健脚ですね、もうセンサー範囲から出てしまいました。運動不足の博士も見習うべきでは?』
『余計なお世話だ。それよりこの連中を小屋に放り込め』


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ミナカ


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