ハガクレ・スチール #02

02 SG-01

「おい、もっとスピードを出せないのか?」
 操縦室に入るなり、ナニカノ博士は自分自身が設計した輸送機の性能を忘れた。シートに座る武骨な作業ロボットは、合成音で『現在最高速デス』と答える。フロントモニタの向こうには代わり映えしない雲が広がるばかりで、音速で飛んでいる実感など得られない。
 納得いかない博士が計器類を覗き込むと、確かに速度表示はMAXだ。しかし目的地に至る予定航路を示すラインが奇妙に湾曲しているのが気になった。出発前、会場最寄りの着陸地まで「直進」を命じている筈だ。
「どうしてまっすぐ飛ばない? 嵐でも起きているのか」
『進路上ニ特別文化保護地域ガアリマス』
 フムン、と博士は息を吐いた。

 特別文化保護地域とは、極めて長期に渡る外界との交流断絶を原因として、現在の世界水準に比して著しく後進的な社会環境が維持されており、近代技術の流入は過剰な混乱を引き起こすと考えられるため、現地文化の保護を目的として干渉が禁止されている地域である。

 ネット上の百科事典に載っている素人向けの解説文を脳裏に呼び起こしたナニカノ博士は、にこりと笑った。
「直進だ」
『現地住民ニ目撃サレル可能性ガアルタメ、特別文化保護地域上空ノ飛行ハ禁止サレテイマス』
「雲が出ている。地上からこの機は見えはせん」
『特別文化保護地域上空ノ飛行ハ国際文化振興条約ニヨリ禁──』
「コード18833548の例外。直進だ」
『了解、直進シマス』
 予定航路の表示が一直線に修正され、到着予定時刻も大幅に短縮。満足を得たナニカノ博士は操縦室を後にした。

「これで大丈夫よパープ! あとはのんびりしていればいいわ」
 物言わぬクマのぬいぐるみに笑いかけ、ナニカノ博士は再びソファに腰を下ろした。早い到着とは言えないが、遅刻した時のサキニ教授の顔を想像すれば決して最悪ではない。そういえば、と彼女は努めて別のことを考えた。
 先程の操縦室でのやり取り。市販の作業ロボットは法律や条例に違反する命令を受け付けないよう設計されており、ユーザーの意思に逆らうこともある。この輸送機を操縦させている個体はプログラムにちょいと手を加えているが、会話の煩わしさは消えない。
 やはり自分の意に適うものは自分で造るしかないのだろう。博士が目を向けた先には機械仕掛けのベッドが設置されている。円筒状の透明カバーの中に横たわるのは、鋼の骨格と鋼の筋肉で構成された、人の形をしたものだった。

 これこそ稀代の天才・ナニカノ博士が初めて手がける人型ロボット、SG-01である。柔軟さと頑強さを兼ね備えたボディ、大型重機に匹敵するパワー、臨機応変かつ抽象的概念をも解する(かつ法に縛られない)思考プログラムなど、過去のあらゆる自律ロボットを上回る性能を持つ。公表するつもりはなく、あくまで博士の私物として諸々の作業やボディガードをさせる為の機体だ。

画像1

Satisfactory Guy - 01
擬態用外装の一例

 フライト中に思考プログラムの調整をしようと前日に積み込んだのだが、出発の際の騒ぎでなんだか気が削がれてしまった。後回しに出来ることは後回しでよい、とナニカノ博士はぬいぐるみを抱き締めた。

「ああ、パープ…… 頭が良すぎて多忙な私を癒やしてくれるのはあなただけよ……」

 陶酔しながら呟いた直後、輸送機が激しく揺れて彼女とパープルクローは床に投げ出された。

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