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ミナリク・・引退

Net.keibaのニュースの中に、フィリップ・ミナリク騎手の近況という内容があったので覗いて見ました。11/3付の記事ですが、メッセージやリハビリの様子などの動画も上がっており、順調に回復しているようで安心しました。

しかし、貼られていたリンク先の記事を見ると、どうやら引退するような内容となっています。英語が不得意なんでgoogle先生などに頼っての内容ですが、記事はこんな感じです。



『回復するには1年かかるかもしれない』
フィリップ・ミナリクは家に戻れたが、二度の騎乗できないと理解している


ドイツで4度のリーディングに輝いたフィリップ・ミナリクは、帰る事を許されたが、数週間、昏睡状態に陥る事になった転倒の結果、二度と騎乗しないことを認めました

彼は7月、マンハイムでの落馬で脳と足に損傷を負いました。その落馬により意識不明となりましたが、彼が生き残る確率は五分五分だったとミナリクは言います。

ミナリクは、フランキー・デットーリとパトリック・ギブソンのような仲間のジョッキーに、私は人生を妻カーチャと負っていると言いました。彼らは、それを支持するメッセージを送り、£100000を上げるのを助けました。


ミナリクは先週、ケルンで妻と4歳の娘フィンジャと再会し、長い回復のプロセスを続けることを許可されました。

「先週の木曜日に家に帰ったんだ」そう彼は語ります。「とても長い4ヶ月の後に、初めて自宅で眠る事は良かった。再び家族が集まるのは大きな瞬間でした」


「医師によると、回復には1年かかるそうです。完全に回復するという意味ではないそうですが、回復する可能性はあります。また、私は10~20%を失う可能性もある事は誰も知りません」

「現在の私は、歩くことができます。それは私にとって大きな事です」そうミナリクは続けます。「私は4週間前に車椅子を降り、松葉杖も置いてきました。10分で100m進み、100m下がる事ができますが、それには多くのエネルギーが必要なので1時間の休憩が必要です」

「車椅子にいるのは良くなったです。トイレに行くのに毎回、誰かに頼まないといけませんでしたから」


ドイツで1669勝を挙げたミナリクは、2005年、2011年、2016年、2017年のリーディングジョッキーでした。GⅠでは14勝を挙げており、過去3年間の冬は日本で過ごし、2019年のシャーガーCで英国で初めて優勝しました。

この騎手は、7/3にマンハイムで行われた最後のレースでダスキーダンスに騎乗していましたが、このレースで落馬した事を何も覚えていませんでした。

「私の怪我は、左足の足首の骨折と頭部の外傷で、それは脳にわずかな出血がある事を意味します」とミナリクは言います。「医者でも脳へのダメージがどれくらいの範囲に及ぶのか分かりません。それは最も難しいのです」

「怪我の前の長い記憶は完璧ですが、短い記憶には問題があります。私は、あの日に何が起こったのか全く覚えていません。マンハイムに行った事すら覚えていないのです」


「私はビデオで事故を見ました」とミナリクは付け加えます。
「現在は問題ありません。これはグループ1やマンハイムの悪いレースなど、どのレースでも起こりうる事であり、マンハイムでも起こりました」

「それはマンハイムでの悪いレースで、40-1のチャンスに乗る(1/40くらいの穴馬に乗る?)私のキャリアの典型でした。私がドイツで4回のチャンピオンシップに勝った方法です。それはエドワード・ペドロザとアンドレアシュ・シュタルケを最高の状態で打ち負かす唯一の方法でした。」

彼は続けます。「私は初めからこれを予想していました。怪我をする可能性があるのは競馬のリスクの一部です。」

「生きるか、死ぬか、半々の可能性でした。しかし、私はデットーリが話す全ビデオ、ビュイックや他の全ての世界的に有名な騎手が私のために募金集めを手伝ってくれているのを見ました。」

「私は起きた事を覚えていません。私はそれを妻の携帯電話でいくつかのビデオを見ました。それは非常に感情的な事です。」


ミナリクは、ほぼ毎日、理学療法セッションと、週に一度の水泳で回復に取り組んでいますが、もう騎乗できない事は理解しています
「絶対に可能性はない」と彼は言いました。

「もう馬に乗らないことをすでに決心したとき、私がマンハイムで地面にかろうじて思いついて。保険で将来騎乗できるとは思いません。」

「私のある部分では、非常に悲しいです。しかし、もう一つの部分は、私が20年間騎乗していて、そして変わる時であるということを理解しています。あと5年で50才になりますし、私は人生を変えなければなりません。」

彼は付け加えます。
「妻は私の人生を救いました。彼女はトラックにマンハイムに行き、医者にマンハイムから私が起きたハノーバーに病院を変えさせました。マンハイムでは進展がなかったから。私が考える唯一のものは家内と娘のために戻ることだった。」


という事で、ところどころ翻訳がはぁ?という部分もありますし、分かりやすいように言葉を変えている部分もありますが、どうやらミナリクはもうジョッキーとして騎乗する事はできないと悟っているようですね。彼の脳へのダメージがどれくらいの範囲まで及ぶのか医者にも検討がつかないみたいで、回復に1年と言いますが、日常生活はともかく騎手として騎乗できるほど回復できるとは言えないといった感じでしょうか。

また、以前の事は覚えているが、細かい部分の記憶は戻っていない可能性があるみたいですね。これは事故当時の事を指すのか、それ以外のちょっとした事を指すのか分かりませんが、脳にダメージを負った場合、こうしたケースはよく聞きます。家族の事を忘れなくて良かったです。

落馬に関してミナリクは『誰でもどんなレースでも起こりうるし、それ予想していた。落馬負傷は競馬のリスクの一部だ』と答えています。騎手には、その覚悟が無ければレースで騎乗できませんよね。サポートについても非常に感謝しているようで、デットーリやビュイックなどの仲間がサポートをしてくれた事をとても感動的に受け止めている様子です。

現在は、ほぼ毎日、リハビリに取り組んでいるようで、歩行訓練だけではなく、水泳にもチャレンジしているみたいです。このニュースサイトではゆっくり歩行しているミナリクの動画がアップされていて、ここまでできるなら日常生活に戻れるのも近いでしょう。

そして、奥さんにも感謝していました。何でも、意識不明が続いていたマンハイムの病院では回復が期待できないって事でハノーバーの病院に変えさせたところ、意識が回復してここまで動けるようになったわけで、そういう意味では人生を救われたと感じているようです。

残念ながら、もうミナリクが騎乗する姿は見られないと思いますが、それでも命があって良かった体を動かせて良かった。これから奥様と娘さんとの時間がたくさんできるので、第2の人生を楽しんでくれる事を心から願っています。

なお、件のニュースサイトのURLは下記に貼っておきますので、良かったら元気なミナリクをご覧頂けたらと思います。

https://horseracingplanet.com/2020/11/03/it-could-take-a-whole-year-to-recover-filip-minarik-goes-home-but-knows-he-will-never-ride-again/

私個人は、できれば年2回ほど日本にきて、競馬学校と各トレセンでJRAの将来を担う騎手たちに技術指導をしてほしいと思います。恐怖のミナリク教官とか面白いですよね。臨時講師とか技術指導教官とかの待遇できないもんですかね。実際の馬じゃなくても、木馬などで指導できる部分はあると思いますし、むしろ一番望むのは技術より心構えと駆け引きなので、その辺を伝授できたら最高なんですが。

デビューして燻っている若手騎手を集めて、あぁでもない、こうでもないと指導して成績が向上したら、かつての群雄割拠の騎手界が戻ってきますよ。それは楽しみだなぁ。理事長!!禁止薬物の失敗を取り戻すのです!!ミナリクが回復した後に三顧の礼を持って迎えられるように準備しなさい!!と言ってやりたいですよ。



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