Boonzzyの「新旧お宝アルバム!」 #171 「Saint Cloud」 Waxahatchee (2020)
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月曜日には首都圏1都3県+北海道の非常事態宣言解除の方向性が出るとか言ってますね。東京の新規感染者数はここのところ発表数字的には一桁続きですが、まだ入院者数は多く第2波の懸念もある中、経済活動の再開に向けて進みながら、宣言前とは既に違う世界であることを認識して、医療現場はまだまだ大変のようですし、感染拡大予防の基本行動は変えないようにしなければいけないですね。緩和後感染者数が増えてしまったテキサス州のようにはならぬように。
さて、コロナで引きこもりしてるとやはり癒やされる音楽を求めるようになってるようで、最近チルアウト系とかアコースティックなサウンドに惹かれることが多くないですか?そんな時に巡り会った今年リリースのアルバムを今日はご紹介します。アーティスト名はワクサハッチーといいますが、基本的にインディー・ロック系女性シンガーソングライターのケイティー・クラッチフィールドのソロ・プロジェクトになります。アルバム全体を覆うカントリー・ロックっぽいグルーヴが聴く者の気持ちを和らげてくれる、それでいて、そこここにさりげないエッジを感じるアルバム『Saint Cloud』(2020)です。
自分がケイティーを知ったのは、このコロナ自宅待機中にネットで見た、つい最近リリースされたルシンダ・ウィリアムスの新譜『Good Souls Better Angels』(2020)に関する記事で、彼女がルシンダのことを自分のヒーローだ、というコメントが載っていて「おや」と思ったのがきっかけでした。ワクサハッチー(彼女出身のアラバマの小川の名前だそうです)という名前はどこかの音楽プレスで聴いたことはあったものの、どういう音楽をやってるバンド(だと思ってた)なのかは知らない、そんな程度の認知度だったので、まずそれが女性ソロプロジェクトだということ、そしてどうもルシンダに大きな影響を受けたアーティストらしいということでアンテナにちょっと引っかかったのです。
ルシンダといえば1998年リリースのアメリカーナというジャンルを再定義したといってもいい名盤『Car Wheel On A Gravel Road』でアメリカーナ好きな音楽ファンには言わずと知れた大御所シンガーソングライター。自分も90年代後半に「meantime」という洋楽ファンサークルのスタッフとしてそれまでになく広い分野の音楽をあれこれ聴いていた頃に出会って、鮮烈な印象を受けたアルバムです。それ以降ルシンダのロックともブルースともカントリーとも言えない「アメリカーナという表現しかできない」音楽と、彼女のよれたような渋みとカッコ良さを感じさせる歌声に惹かれて、ずっと彼女の作品を追い続けている、自分にとってはそんなアーティスト。
その後ケイティーが、自分のFacebookページに一昨年『Car Wheel On A Gravel Road』の20周年を記念して書いた記事で、彼女の音楽創作に対する考え方を具現化しているアルバムであり、彼女を定義づけた重要なアルバムである、というようなことを書いているのを読んで更に気になってて。そしてたまたま久しぶりに話をした「meantime」時代のスタッフ仲間が、最近よく聴いてるアーティストとしてワクサハッチーの名前を挙げたので「これは聴かなくては」と思い、たまたまこちらもリリースされたばかりのこのアルバム『St. Cloud』を聴いてみました。
アルバム冒頭の「Oxbow」の重々しくもレイドバック感いっぱいのドラムスのイントロから、ふわりと立ち上がってくるようなケイティーのたゆとうようなボーカルを聴いた時思ったのは「ああ、彼女がルシンダを自分のヒーローとしてるの、わかる気がする」という印象。レイドバックな中にもどこかインディー・ロック魂というか、エモーションが渦巻いてるような感じが伝わって来て、ルシンダと同時にちょうど前の日に聴いていたシャロン・ヴァン・エッテンやエンジェル・オルセンといった今を代表するエッジのあるインディ・ロック系の女性シンガーソングライター達を連想しました。
しかしその印象は次の「Can't Do Much」でまたガラリと変わって、今度はアコースティックな感じのゆったりとしたカントリー・ロックっぽいナンバーでちょっと違う表情を見せます。かと思うと次の「Fire」ではハイノートのボーカルでまた違う表情を見せながらスワンプ・ロックっぽい楽曲を聴かせるなど、ここまでで既に彼女がこのアルバムでいろんなスタイルで自分の世界観を作りあげようとしていることがわかります。
それでも全体のトーンを統一しているのは、バックを固める同世代のインディー・フォークやアメリカーナ系のバンドのメンバーによる、基本的にはレイドバックなグルーヴを醸し出す演奏が産み出す心落ち着くサウンドと、これまでアルコール依存症に苦しんでいたケイティーが一念発起してアルコールを辞めたことを題材としたという、全体の楽曲の語るメッセージが産み出す微妙なエモーションの揺らめきのような感触です。
後者については、アップテンポでギターリフと力強いリズムが印象的なカントリー・ロックナンバーの「War」で「今自分が経験してることは自分だけに止めておくわ/私は自分と今戦争中/あなたには関係のないこと」と歌ってるのがそうしたテーマを思わせますが、特にどの曲に明確に現れている、ということはありません。むしろほんわりと聴く者を包むようなダウンテンポにのせて愛の難しさを歌う「Ruby Falls」や、アコギの弾き語りととっても控えめなエレピをバックに訴えかけるように歌うバラードのアルバムのラスト・ナンバー「St. Cloud」などからそこはかとなく感じられるのは、ケイティーがアルコール断ち、というそれなりに苦しい経験を通り過ぎて改めて感じることや、回りの風景や人々から感じ取る思いを、柔らかなアメリカーナ・サウンドに包んで届けてくれている、そんなイメージです。正にフォードのピックアップ・トラックに赤い薔薇を満載した上にくつろいでいる、ジャケのケイティーの写真がアルバム全体の雰囲気をそのまま表してますね。
シーンからの評価が高かったこの前のアルバム『Out In The Storm』(2017)では、もっとロック・サイドに寄った、ギター・サウンド中心の楽曲が多いスタイルだったのですが、そこから今回のアルバムのスタイルに大きく転換したことは、やはりアルコール依存との戦いという大きな出来事の後に感じる心境の変化、ということと、前作と今回作の間に改めて彼女の音楽スタイルを形作ったルシンダの名作アルバムの20周年というイベントで自分の原点に立ち返るなど、いろいろと考えることも多かったんだろうな、と思います。
結果としてこのアルバムも各音楽プレスからの評価は高く、彼女の最高傑作の呼び声も高くなっているようです。とにかく着用を重ねるごとに体になじんでくるセーターのように、聴き込むほどに少しずつ彼女が繰り広げてくれる「満たされる感じ」の世界に包まれていくような、今の状況にぴったりのアルバム。ちょうどこの新作で彼女を知ったばかりの自分としては、彼女がこの『St. Cloud』で辿り着いた心境への変化の道のりを、彼女の過去の作品を遡って聴くことで辿ってみたい、そんなことを思うのでした。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位140位(2020.4.11付)
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