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Boonzzyの「新旧お宝アルバム!」 #169 「Still Bill」 Bill Withers (1972)

すっかり引きこもりゴールデンウィークとなってしまった今週、皆さんはどのような休日をお過ごしでしょうか。ネット呑み会やるもよし、日頃聴けない音楽や映画、本など読むいい機会ではありますが、やはりこういうザワザワした状況での音楽の力は大きなものがあると最近実感しています。今週の「新旧お宝アルバム!」は、そんなザワザワした気分をすーっと落ち着けてくれる、滋味溢れたアルバムを今週も1970年代からピックアップしてご案内したいと思います。
先週のジョン・プラインに続いて今週お届けするアーティストも、最近惜しくも他界してしまった、レイドバックなR&Bファンクの詩人、ビル・ウィザーズです。図らずもコロナ騒ぎが始まった3月30日に81歳で亡くなりましたが、コロナ感染が原因でなかったことだけが救いですね。
その彼が独得のスタイルと、シーンでの評価、そして商業的成功を勝ち取った1972年の名盤セカンド・アルバム『Still Bill』を今週はお届けします。

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先週のジョン・プライン同様、ビル・ウィザーズという人も長くその実力と英米での評価と、日本での知名度や評価に大きなギャップのあるアーティストでした。今回の『Still Bill』を初めとして、キャリアを通じて発表したほとんどの曲が自作自演、あるいは共作というシンガーソングライターであり、様々な深いメッセージをリリックに込めて歌ってきた「ソウルの詩人」でありながら、日本でやっとその名が知られてブレイクしたのが、グローヴァー・ワシントンJr.のスムーズ・フュージョン・アルバムからの「クリスタルな」大ヒット曲「Just The Two Of Us」(1981年最高位2位)のフィーチャー・ボーカリストとしてであった、という皮肉な状況でした。彼は本来AORシンガーではなく、リッチー・ヘヴンスギル・スコット・ヘロンといった、アコースティックでブルージー、ある時はファンクな楽曲に乗せて、メッセージや現状についての問題提起などを歌ってきたタイプのシンガーとむしろ同列に語られるべきアーティストだったのですから。

そんな彼はR&B界のみならず、様々な分野のミュージシャン達からの深いリスペクトを長く集めてきました。先日レディ・ガガ主宰のオンライン・ストリーミング・イベント「One World: Together At Home」でも、あのスティーヴィー・ワンダーが亡くなったばかりのビルを偲んで、コロナを乗り越えるためにみんなで頑張ろう、というメッセージをこめてこのアルバム収録の有名曲「Lean On Me」を歌ったことなどは彼に対する高いリスペクトを雄弁に物語っていたと思います。そして、この「Lean On Me」は単に全米1位の大ヒット曲だから、というだけでなく厳しい時期にみんなで助け合って乗り切ろう、というコンテクストで、9-11同時多発テロの時、ハリケーン・カトリナによる大被害の時など、ことあるごとに口ずさまれてきた、アメリカ人にとっては「有事のテーマソング」のような位置付けですらある曲なのです。

「時には長い人生 僕らみんな辛いことがあって
みんな悲しいこともある
でもちょっとよく考えたら
いつでも明日がある、ということを僕らは知っている

辛さで気持ちを強くもてないなら 僕にもたれかかって
君のともだちになって日々を生き続けられるよう助けてあげる
だって僕だってそのうち
もたれかかる人が必要になるかもしれないのだから

兄弟よ 助けが必要だったら僕を呼んで
僕らはみんなもたれかかる誰かが必要
僕も君が理解できる問題をかかえているかもしれないし
僕らはみんなもたれかかる誰かが必要なんだ」

こんなうたをアルバムの中心に持ったこの『Still Bill』、当時このアルバムのバック・ミュージシャンとして参加したワッツ103rdストリート・リズム・バンドのメンバー達が、決して走らない、決して押しつけがましくない、それでいてオーガニックなグルーヴに満ちあふれた、ある時はブルージー、そしてまたある時はゆったりとしたスロウ・ファンクで、ビルの楽曲と滋味溢れるソウルフルなボーカルをがっちりサポートしてます。音の録音処理も素晴らしく、とても今から50年前のレコードとは思えないほど。

そして何といってもこのアルバムはそうした絶妙のバックやサウンドに支えられ、ビルでしか作り出せなかった、独得のスタイルの極上のファンク・アルバムなんだと思います。全米2位の大ヒットとなった「Use Me」のイントロの一度聴いたら耳から離れない後打ちリズムのドラムスとクラビネットとアコギの作り出す独得なグルーヴといい、同時期のサンフランシスコの白黒混合ファンク・バンド、コールド・ブラッドのカバーが有名な、ベイエリア・ファンクを思わせるこちらも後打ちリズムとワウ・ギターが最高にファンキーな「Kissing My Love」といい、一段とダウンビートなうねるようなリズムに乗ってビルが70年代ブラック・ムーヴィーのテーマソング的などす黒いグルーヴを醸し出す「Who Is He (And What Is He To You)?」といい、同時期のR&Bシンガー達とは世界観に一線を画するスタイルと表現力、そして何よりも独得のファンク・マナーが、結果としてアルバム全体を滋味溢れる作品にしているというのが素晴らしいところ。

とにかくこの『Still Bill』、疲れてしまった時、何か悩みを抱えている時、そして今のように抜け出す先が見えにくく、不安で日々を送っている時に耳を傾けるのに絶好のアルバムだと思います。アルバム冒頭の「Lonely Town, Lonely Street」のアコギのシャッフルが印象的なファンキーなイントロとビルの味わい深いボーカルを聴いた瞬間に、目の前がぱっと開けるような感覚になり、「I Don't Know」の心の奥底をじっくりとマッサージしてくれるようなジャジーで暖かいサウンドでほっこりとした気分になり、「またもう少し、頑張ってみよう」という気持ちになれること請け合いです。

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彼の作品には、この前に発表されて有名曲「Ain't No Sunshine」(1971年最高位3位)を収録したデビューアルバム『Just As I Am』(1971)や、この次の『+'Justments』、そして「Lean On Me」にも通じる彼のオプティミズム全開の名曲「Lovely Day」(1978年最高位30位)を含むアルバム『Menagerie』(1977)など、素晴らしいものが多いので、この機会にこうした他のアルバムも聴いてみて下さい。
この『Still Bill』同様、ビル独自の世界観と、聴く者の心をじわっと落ち着かせてくれる楽曲でいっぱいの作品ばかりですので。こうしたいい音楽を存分に浴びて、お互いにコロナに負けず頑張りましょう。

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<チャートデータ> 
ビルボード誌
全米アルバムチャート 最高位4位(1972/7/22-8/5付)
同全米R&Bアルバムチャート 最高位1位(1972/7/15-8/19付、6週1位*)
* ビルボード誌は1972/8/26〜10/7の7週間、R&Bアルバムチャートを発表していなかったためその間の記録はない。

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