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今週の全米アルバムチャート事情 #132- 2022/5/21付

今週前半は不安定な天候でしたが、週中からはやはり風薫る5月、素晴らしい気候になってきました。そんな中、大谷翔平選手はまた先週末からホームランを連続して調子を上げてきてますね。チームも調子よくて、自分のご贔屓のNYメッツの好調もあって最近MLB観戦が楽しい毎日です。一方でウクライナは相変わらず胸痛む状況ですし、先週末はNYバッファローでの銃撃事件など、辛い事件は後を断ちません。ただ平和とヘイトクライムの撲滅を祈るのみです。

"Un Verano Sin Ti" by Bad Bunny

今週の全米アルバムチャート、5月21日付のBillboard 200の1位、先週はアーケイド・ファイア、バッド・バニー、ジャック・ハーロウの3つ巴と予想していたのですが、蓋を開けてみると笑いがでるくらいぶっちぎりの274,000ポイント(うち実売12,000枚)で、プエルトリコのレガトン・ラッパー兼シンガー、バッド・バニーの4作目『Un Verano Sin Ti(訳:君のいない夏)』が堂々の初登場1位を決めてました。これで前作の『El Ultimo Tour del Mundo』(2020年1位)に続いて全曲スペイン語のアルバムとして2枚目の全米ナンバーワン・アルバムを達成したことになります(前作は全曲スペイン語アルバムとしては史上初の全米ナンバーワンでした)。その記録も凄いんですが、今回の1位のポイント数のうち実に95%がストリーミング・ポイントで、これは3.6億回オンデマンド・ストリーミング相当。昨年9月25日付チャートで、ドレイクの『Certified Lover Boy』が初週記録した7.4億回以来の膨大なストリーミングに支えられて1位獲得したことになります。いやあ、やはりラテン系は人口も多いし、ストリーミングで音楽消費する層が圧倒的に多いと思われるので、そのパワーにまんまと乗ったということでしょうね。アルバムの内容も、従来のラテントラップっぽいスタイルから大幅にレガトン・ポップ系にシフトして、(ラテンの)メインストリームにアピールした内容になってるのが受けた、ということもあるのでしょう。しかし今週はHot 100の方でもこの「Moscow Mule」の4位を筆頭に、何とトップ10に4曲初登場。えらい勢いです。

それ以外にも今回の新作がこれほどの大ヒットになった(何せ先週のフューチャーのポイント数を優に上回ってますから)背景はいろいろあって、まず前作アルバムのサポートツアーである「El Ultimo Tour del Mundo(最後のワールドツアー)」全米ツアーの3月の観客動員数が33.7万人を記録、売上も6,450万ドル(約78億円)と、単月のコンサート売上としては2019年3月以降では、2019年8月にローリング・ストーンズが記録した9,500万ドルに次ぐ歴代2位の記録というから凄まじい盛り上がり方です(ちなみに3月の2位はエルトン・ジョンの3,000万ドルなのでその倍以上の売上。凄い)。

まだあります。彼はアルバムやライブだけでなく、映画にも最近進出してて、7月全米公開が予定されている、何とあの伊坂幸太郎の小説『マリアビートル』をハリウッドが映画化した、ブラッド・ピット主演のアクション・スリラー映画『Bullet Train(ブレット・トレイン)』にも、日本の新幹線に乗り込む主役の殺し屋ブラッド・ピットに復讐を狙って近づくメキシコ人の殺し屋、ウルフ役で出演してるんですよねー。『デッドプール2』や『ワイルド・スピード』シリーズのデヴィッド・リーチ監督によるなかなかおバカなアクション映画になってるこの作品、リリースされたばかりのトレイラーにもバッド・バニーが登場してます。バッド・バニー人気、ラテン系リスナー中心に今年広がっていきそうですね。

"Come Home The Kids Miss You" by Jack Harlow

そしてそのバッド・バニーと争うはずだったジャック・ハーロウのセカンド・アルバム『Come Home The Kids Miss You』は、113,000ポイント(うち実売8,000枚)という、バッド・バニーの半分以下のポイント数(でも10万ポイント稼いでるので今年の傾向からいったら普通なら1位ゲットできる水準ですが)で3位に初登場。それに合わせて先行シングルの「First Class」は今週1位に返り咲いてます。なお、このアルバムUKでは4位初登場。いずれにしてもアルバムチャート3位は彼のキャリア最高のヒットになってます

作品の内容的には、前回同様、「白人ラッパーがやってるメインストリーム・トラップ」としては可も不可もなく、パンチとかキレとか、リリカル的な充実度とかはさほど高くもないけど、まあそこそこの出来だとは思うのですが、今回何故かピッチフォークが10点満点の2.9点とそこまでこき下ろさなくてもいいのでは、と思うほど酷評してますね。それ以外のメディアもそこまで酷評はしてませんが、評価は中の中、という感じ。サウンドはなかなか心地よい楽曲が多いので、リリックの内容に中身があまり見られない、ということなんでしょうね。ドレイクとかジャスティン・ティンバーレイクとかファレルとかゲストは豪華なので、そういうことを気にしないティーンエイジャーのヒップホップ・ヘッズは聴くんでしょうね。次作あたりが正念場かもしれません

"We" by Arcade Fire

先週三つ巴の一角と予想していたもう1枚、カナダのインディ・ロックバンド、アーケイド・ファイヤの6作目、『We』は32,000ポイント(うち実売26,500枚で今週のアルバム・セールス・チャート1位)という予想以上にショボいポイント数で6位初登場に終わっています。ここ3作、グラミー賞最優秀アルバム獲得の『The Suburbs』(2010)、『Reflektor』(2013)、『Everything Now』(2017)と連続で全米ナンバーワンを決めてただけに、この落ち込みはちょっと意外でしたね。まあ殆ど彼らの場合固定ファンがフィジカル買って終わり、というパターンで、ストリーミングで聴かれることがほとんどない(今回は643万回オンデマンドストリーミング相当しかなかった)、ということでこういうポイントになってるんでしょうが、それでも前作までは実売だけでも10万枚は売っていただけに売上が4分の1に落ち込む要因はコロナだけではない気がします。ちなみにUKチャートでは、全3作同様今回も無事初登場1位を飾ってます。

今回のアルバムのプロデュースは、レディへで名高いナイジェル・ゴッドリッチが、バンドの中核メンバーであるウィン・バトラーレジン・シャサーン夫婦と共に担当、レコーディングもこのメンバー中心で行われたようです。サウンド的にもビジュアルを喚起するようなエレクトロ・サウンドを随所にちりばめた、映画のスコア音楽を思わせる「21世紀のプログレ・ロック」的なスタイルがいつになく前面に出てる感じです。メディアの評価も概ね好評のようですが、ウィンの実弟のウィルがこのアルバムを最後にバンドを脱退するなど、バンド内での方向性の違いなんかもあったのかもしれません。

"Nostalgia" by Eslabon Armado

そして今週のトップ10内初登場はもう1枚。9位に入ってきたのは、2017年にカリフォルニアで結成された、ノルテーニョと呼ばれるギターとボーカル中心のメキシコ地域音楽のスタイルのバンド、エスラボン・アルマードの5作目『Nostalgia』(29,500ポイント、うち実売500枚)。ボーカルとレキント・ギター(小振りで高めのチューニングのギター)担当のペドロ・トーヴァー、ギターのガブリエル・ヒダルゴ、アコースティック・ベース担当のブライアン・トーヴァーの3人組のエスラボン・アルマードにとってこのアルバムは2枚目のBB200チャートインで、もちろんトップ10は初。というか、メキシコ地域音楽ジャンルのアルバムがBB200のトップ10入りするのはこれが史上初になります

何でもここ4作はすべてビルボード誌のリージョナル・メキシカン・アルバム・チャート1位で、ラテン・アルバム・チャートでもトップ10入りしていたようなので、その人気が着実に蓄積されてきて、昨今のラテン・ブームの盛り上がりで今回一気にブレイクした、ということなんでしょうか。アコースティックなサウンドをベースに、何となくメキシコ国境付近の情緒満点な感じのスタイルの音楽、なかなか気持ちのいいものはあります。やはりJバルヴィンや、今週1位のバッド・バニーらが切り開いたラテンのメインストリーム化の動きは大きなうねりを創り始めているような気がしますね。

"Heart On My Sleeve" by Ella Mai

ということで今週トップ10内初登場は以上4枚。一方圏外11位以下100位までの初登場は今週は3枚と少なめ。一番人気で15位に初登場、惜しくもトップ10を逃したのはR&Bのエラ・メイちゃんのセカンド・アルバム『Heart On My Sleeve』。期待の新作の名に恥じない好盤です、これは。何しろオープニングの「Trying」から彼女の声と素敵なメロディにとろけますねえ。先日毎年グラミー賞の予想トークイベントをご一緒している吉岡正晴さんが、某紙のレコード評でこのアルバムを絶賛してましたが、うん、わかるわかるという感じ

その他にも、今売り出し中の女性ラッパー、ラットをフィーチャーした「Didn’t Say」、こちらも一昨年大ブレイクしたラッパー、ロディ・リッチをフィーチャーした「How」などゲストも多彩ながら、どれもエラの世界観から一歩も出てないところが彼女の実力を物語ってる気がします。でも極めつけは当代一のR&Bクルーナー、ラッキー・デイとの「A Mess」。このレベルの作品だとヴァイナルが欲しいところだけどどうもCDとデジタルのみの模様なのが残念。そのうち出ないかなあ。コロナ前に観たライブも素晴らしかったし、また来日して欲しいですね。

"Back From The Dead" by Halestorm

ぐっと下がって36位に初登場は、女性ボーカル&ギタリスト、リジー・ヘイル率いるペンシルバニア州レッド・ライオン出身のハードロック4人組、ヘイルストームの5作目『Back From The Dead』。何度もフェスや単独で来日していて日本でも人気の高いバンドですが、リーダーのリジーはこのコロナ禍でそれまでのツアー、ライブ、レコーディングの毎日が突然パジャマのままで自宅で過ごす羽目になったことによるメンタルで苦しんだといいます。

でも彼女はその状態から「曲を書くことで抜け出した」と言っていて、アルバム冒頭のタイトルナンバーなんか聴いても、そういう彼女のパワーが伝わってくる感じ、ありますね。最近では珍しい感じのストレートなハードロック・バンド(メタルではない)、ヘイルストーム、頑張って欲しいもんです。

"Serotonin Dreams" by BoyWithUke

そして今週最後の初登場は72位に入ってきた、ボーイ・ウィズ・ユークのセカンド・アルバム『Serotonin Dreams』。最近ブレイクする新人アーティストのご多分に漏れず、SNSで楽曲をアップしたものがバズったのがブレイクのきっかけという、マサチューセッツ州出身のこのアーティスト、普通の他のそうしたアーティストと異なるのは、LEDで表示された○2つの目を光らせたマスクをして身分を隠しているのでその素性が判らないのと、エレクトロなローファイ・ポップを展開するその作風にアクセントとなっているのが常に抱えているウクレレ(アーティスト名も「ウクレレ持ってる男の子」の意味)。

こちらも新世代のシンガーソングライター兼プロデューサーのブラックベアとコラボしたシングル「IDGAF」などに代表されるように、あくまでその作風はポップでローファイな感じで、UKのレックス・オレンジ・カウンティとかにも通じるいい感じ。しかしマシュマロデッドマウスとか、被り物アーティストの系譜がこうやって継続していくというのも、今時の若い子達の闇を垣間見るような気もするのはオジサンの考えすぎか。

ということで今週のトップ10および圏外100位までの初登場は以上です。ここでいつもの今週のトップ10おさらい。いつの間にかリル・ダークにゴールドディスク・マークが付いてますが、毎週2桁しか売れてないのによくゴールド達成できたなあ(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。

*1 (-) (1) Un Verano Sin Ti - Bad Bunny <274,000 pt/12,000枚>
2 (1) (2) I Never Liked You - Future <116,000 pt/1,239枚*>
*3 (-) (1) Come Home The Kids Miss You - Jack Harlow <113,000 pt/8,000枚>
*4 (3) (70) Dangerous: The Double Album ▲2 - Morgan Wallen <53,000 pt/1,372枚*>
5 (5) (51) Sour ▲3 - Olivia Rodrigo <32,000 pt/5,361枚*>
*6 (-) (1) We - Arcade Fire <32,000- pt/26,500枚>
7 (6) (9) 7220 ● - Lil Durk <31,000 pt/49枚*>
8 (7) (24) Encanto ▲ - Soundtrack <30,000 pt/3,070枚*>
*9 (-) (1) Nostalgia - Eslabon Armado <29,500 pt/500枚>
10 (9) (36) Certified Lover Boy - Drake <28,000 pt/36枚*>

先週に続いて今週も初登場が多めだった今週の「全米アルバムチャート事情」、いかがでしたか。さて最後に恒例の来週1位予想(対象期間:5/13-19)ですが、もう来週はケンドリック・ラマーの新譜で決定ですね。リリース早々メディアの評価も軒並み(除ピッチフォークw)高いようですし、1位は間違いないとして、どのくらいのポイントを稼ぐのかが見ものですね。前作『DAMN.』は初週60万ポイント(うち実売35万枚)でしたが、コロナを経過して例えば半減してたとしてもかなり凄いことになりそうです。それ以外でトップ10に飛び込んできそうなのは、フロレンス+ザ・マシーンブラック・キーズの新譜、そして話題のトム・ヨーク率いるレディへのスピンオフ・バンド、ザ・スマイルといったところでしょうか。来週も賑やかになりそうですね。ではまた来週。

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