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今週の全米アルバムチャート事情 #103- 2021/10/30付

いよいよ始まったワールド・シリーズ。今年はコロナ後初めてのフルシーズンなので、こうして普通にワールド・シリーズが開催されて、観客も特にマスクをするでもなく沸き立っているのを観るのはTV越しでも気分がいいもの。正直今年のマッチアップにはあまり思い入れが沸かないのだが、がっぷり四つに組んだシリーズ展開は盛り上がるし、少なくともアドレナリンが沸き立つゲームは期待したい。そしてその勢いでコロナも駆逐しきることができれば最高だけどね

日本は今週末衆議院選挙で大きなショーダウンを期待したいところですが、この「全米アルバムチャート事情!」今週も連動のポッドキャストを衆院選の開票が始まるまでには何とか配信したいと思うので、それまでは上記のリンクからこれまでの配信ポッドキャストをお楽しみください。

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さて今週10/30付のBillboard 200全米アルバムチャートの1位。先週の予想ではコールドプレイぶっちぎり、なんて言ってたんですが甘かったですね。というかコールドプレイのポイントが地味すぎてビックリしました。彼らについては後ほど触れるとして、今週の1位は、やっぱり強かったヒップホップということで、これで3作連続(途中にコンピアルバム『Slime Language 2』を挟んでますが)で1位を決めたヤング・サグの『Punk』が90,000ポイント(うち実売12,000枚)で初登場でした。

ヤング・サグというと、ヒップホップファン以外にはそんなにビッグな存在のような気がしない、と思われる方も多いかと思いますが(自分もちょっと前までそうだった)実は今や現代のヒップホップ、特にトラップ・シーンを代表するアーティストという評価が一般的のようです。うちのヒップホップ・ヘッズの息子も多分一番のお気に入りはヤング・サグ。まあ確かに一昨年にJ.コールトラヴィス・スコット・フィーチャリングという豪華なメンツでのヒット「The London」(最高位12位)でブレイクからこっち、楽曲的にもトラップ的要素もほどほどに、メインストリームのファンにも受け入れられるようなバランスのいい作品でヒットを重ねてるあたりも強いところか。そして今回の『Punk』も、尖った印象のタイトルとは裏腹に、オープニングの「Die Slow」からいってエモっぽいスタイルで、ほとんどトラップのスタイルを感じさせないトラックが並んでいて、明らかにメインストリーム・リスナーを意識した作りになってます。うちの息子の評価を聞きたいところですわ。

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そしてちょっと驚いたのは、3位に初登場してきた、何と故マック・ミラーが2014年に自分のサイトのみで発表していたミックステープを、今回ヴァイナルとデジタル・ストリーミングで再リリースした『Faces』。67,000ポイントでうち実売が34,000枚なんですが、その実売のうち実に32,000枚がヴァイナルの売上というのが、未だに根強いマックの人気を如実に物語ってるなあ、とちょっと感動してます。ちなみにこのヴァイナル売上、1991年にMRCデータ社が売上データをトラックし始めてから最大のR&B/ヒップホップ・アルバムのヴァイナル売上記録らしいです。その前の記録がマック自身の遺作『Circles』の16,000枚だったというから、凄い新記録なわけです。

基本的に2014年のバージョンに手を加えていないため、当時彼の作品の中心的なテーマだったドラッグ中毒を扱った、ややジャジーでダークなトラックが大半を占めてますが(何とあのサンダーキャットが共作、プロデュースしているトラックもあり)、昨年やはり3位を記録した遺作『Circles』で髙いレベルで昇華されていた独特のサウンドスケープはこの頃から健在で、当時ピッチフォークを始め、各音楽メディアが髙い評価を集めたのもさもありなん、という感じです。今は亡きマックを思いつつ、この再リリースで改めて彼の才能をじっくり味わいたいものですね。

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さて、先週の予想で余裕で1位だろう、と言ってたコールドプレイの9作目『Music Of The Spheres』は何と思いの外57,000ポイント(うち実売37,000枚)という寂しい成績で4位初登場に終わってます。本国UKのアルバムチャートでは貫禄の堂々1位初登場で、デビューアルバム以来9作連続ナンバーワンという記録を樹立しているのとは好対照なだけではなく、BTSとのコラボシングル「My Universe」はHot 100で初登場1位という華々しいデビューを果たしてただけに(ちなみにUKでは3位)これは結構意外でした。

で、アルバムを通して何度か聴いてみました。当代のポップ・メイカー、マックス・マーティンが全曲共作、共同プロデュースというだけあって、地球と宇宙をテーマにしたコンセプトに乗って、どの曲もポップ作品としてはかなりクオリティの髙いものばかりで、耳には心地よいトラックのオンパレード(「My Universe」でBTSのボーカルの音圧に比べてバックのコールドプレイの歌やトラックの音圧が低いのは意図的なんだろうか?)。でもこれってコールドプレイのアルバムとしてどうなの?と、初期の独自の世界観を持ったロック作品だった『A Rush Of Blood To The Head』(2002年5位)や『X&Y』(2005年1位)といった作品のファンだった自分としてはなかなか複雑な気持ちでしたねえ。まあ『Viva La Vida…』(2008年1位)くらいから個人的にはちょっと興味を失ってたところはあるんですけど。メディアの評価も賛否両論で、いつも引用してるメタクリティックなどは56点というなかなか厳しい評価をしてるようです。ただ、ジェイコブ・コリエとコラボしてる「Human Heart」やエンディングの「Coloratura」など純粋に楽曲としてクオリティの高いものもあったりするので、なかなか評価の難しいアルバムなのも事実ですね。皆さんはどうですか?

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そしてこれも別の意味で予想を超える反応でちょっと驚いているのが、ビートルズの1970年のアルバム『Let It Be』の5位再登場(55,000ポイント、うち実売48,000枚で今週ぶっちぎりのアルバム売上ナンバーワン)。先週もちょっと触れたように、ここのところ順次ビートルズの作品をリマスター再発を進めている、サー・ジョージ・マーティンの息子、ジャイルズ・マーティンのリマスターによるこの50周年デラックス・リイシュー、アラ還のシニア洋楽ファンの間では大変話題になってたけど、『Let It Be』自体が賛否両論別れているアルバムであること、ジャイルズのリマスターに対する評価も自分の周りでは決して高くなかったりして、結構上位にはリエントリーするだろうけどトップ10は無理かな、と思ってたのですが改めてビートルズへの根強い支持を思い知らされた格好です。

このアルバム、リリース当時からもともとリリースをお蔵入りにしていた『Get Back』セッションを引っ張り出して、もうビートルズが事実上解散してた、最後の名盤『Abbey Road』の後に出したとか、そのプロデュースをジョンジョージフィル・スペクターにやらせたところ「The Long An Winding Road」のアレンジにポールが激怒したとか、まあいろいろネガティブなエピソードには事欠かないのだけど、当時(といっても自分も後追いで1975年頃)聴いた時「随分ビートルズのアルバムにしては音像も違うし、変わってるな」と思ったのを覚えてるくらい、いろんな意味でビートルズ・ファンには印象深いアルバムであることは間違いないんでしょう。ちなみにメタクリティックはこの再発盤に91点を付けてますね。凄い。

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ということで今週のトップ10、最近にしてはとても賑やかで話題盤満載の初登場で盛り上がってますが、今週の11位以下100位までの初登場も7枚と、枚数もさることながら、その顔ぶれがまあいろいろです。ちょっと今週は走り気味に行きましょう。その最初が11位初登場で惜しくもトップ10を逃した、またまた今週も来たよKポップ、ということで、7人組ボーイズバンドのエンハイプン(ENHYPEN)のデビュー・フルアルバム『Dimension: Dilemma』。彼らは今年春にEP『Border: Carnival』が初めてBB200に登場(18位)して、それを足がかりに今回フルアルバムで躍進した、という感じで順調に全米での人気を積み上げてるようで。サウンドは今時のアップビートなメインストリーム・ポップ中心のある意味王道のKポップを展開してます。このアルバムリリース直前にメンバー6人が軒並みコロナ陽性になっちゃった、というのはご愛敬。

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続いて18位に初登場してきたのは、こちらも最近Kポップと同じくらいの頻度で必ずこのアルバムチャートに登場するヘビメタバンド。今週出てきたのは、ボストン出身の5人組、アイス・ナイン・キルズの6作目になる『The Silver Scream 2: Welcome To Horrorwood』。一貫してインディからアルバムをリリースしている彼ら、前作の『The Silver Scream』(2018)がBB200で29位と、初めてヒートシーカー・ステイタス(BB200の100位以内にチャートインした経験のないアーティストを指す)を脱してブレイクし、その勢いに乗ってパート2を送り込んで来た、ということのようです。

タイトルから判るように、前作共々ホラー映画をテーマにしたコンセプトアルバムのようで、今回も映画『American Psycho』(2000)をテーマにして、パパ・ローチ(懐かしい!)のジャコビー・シャディックスをフィーチャーした「Hip To Be Scared」(ヒューイ・ルイスのパロディか?)など、それぞれが有名なホラー映画へのオマージュになってるよう。こういうのアメリカのロック好きのティーンエイジャーには受けるんだろうなあ。サウンド的にはいかにもメタリカチルドレン、という感じのする王道メタルコア系です。

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どんどん行きます。27位初登場は、これも予想以上に弱めの成績でちょっとビックリしたんですが、先週トップ10予想をしていた、今や中堅のカントリー・ロック・バンド、ザック・ブラウン・バンドの6作目『The Comeback』。彼らはデビュー作の『You Get What You Give』(2010)から3作連続BB200でナンバーワンを記録、その後の4作目と5作目もいずれも2位と上位常連だっただけに、今回の27位というのはいかにも低い初登場。先週も同じような傾向のアーティストのところで触れましたが、やはりこういうライブやフェスで人気を積み上げていくタイプのバンドはコロナの影響大きいんでしょうね。

こちらもざっと聴いてみましたが、まあ確かにちょっと地味目ではありますが、手堅いR&Bフレイバーのカントリー・ロックを聴かせるあたりは健在で、何とジャズシンガーのグレゴリー・ポーターをフィーチャーした「Closer To Heaven」なんてなかなかグッとくるんですが。こちら、今週カントリー・アルバム・チャートでは3位初登場してます。

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42位初登場は、『So Icy Boyz: The New 1017』というコンピレーションアルバム。どうやらこちらはアトランタ・ラップ・シーンの顔役、グッチ・メインがメインで、自分のレーベル「1017」所属のアーティスト達をショーケイス的に紹介しているコンピのようです。
フィーチャーされてるラッパーも、ビッグウォークドッグとか、ビッグ・スカーとかフージアノとか、およそ名前も聞いたことない連中ですので、まあグッチ・メインとその取り巻きのファン向けでしょう。先週の予想の時に見たリリース・スケジュールだとこのアルバム、グッチ・メイン名義だったのでトップ10入り予想しましたが、こういう構成だとこの順位なら順当でしょうね。

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もう一つ、トップ10入り予想してたのに外してしまった、ケリー・クラークソンのクリスマス・アルバム『When Christmas Comes Around…』は63位初登場でした。これまでのアルバム8作はすべて、2013年にリリースしたクリスマス・アルバム『Wrapped In Red』も含めて全てトップ3内に入れてきていたのを考えると、このショボいチャートアクションはこれも結構意外です。

内容的には、マイケル・ブブレのバージョンで有名な「It’s Beginning To Look A Lot Like Christmas」やワム!の「Last Christmas」を始め、「Santa Baby」や「Jingle Bell Rock」など定番クリスマスソングと、アリアナとのデュエット「Santa, Can’t You Hear Me」など新曲が半々で計12曲と、いかにもウォルマートターゲットあたりでこれからの季節売れそうな作品なんですが。またクリスマス近くになったら再上昇してくるかもしれません。

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71位には、ここ数年とみにスポットライトを浴びているマレン・モリスの旦那、シカゴ出身のカントリー・シンガーソングライターのライアン・ハードのデビュー・フル・アルバム『Pelago』が初登場してきてます。カミさんの方は「The Middle」のボーカルでの第61回グラミー賞レコード・オブ・ジ・イヤーソング・オブ・ジ・イヤーにノミネートされたり、それ以前からカントリー部門では数々のノミネートと受賞歴で目立ってるんですが、旦那のライアン君も数々のカントリーヒットの作者としてシーンでは知られてましたが、メインストリームのブレイクスルーがこれまではなし。

今回、嫁さんとのしっとりとしたデュエット曲「Chasing After You」がめでたくHot 100で23位、カントリーチャートでも3位を記録してクロスオーバーヒットとなり、それを収録したこのデビュー・アルバムもBB200にチャートインして良かったねえ。最近結婚したばかりでラブラブだったケイシー・マスグレイヴスの離婚なんかもあったから、この夫婦にはこれをきっかけに揃ってメインストリームで頑張って欲しいもんです。

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今週最後の圏外初登場は、73位に入ってきたUKのシンガーソングライター、ピンクパンサレス(PinkPantheress)のデビュー・ミックステープ『To Hell With It』。彼女(本名:ヴィクトリア・ウォーカー)はケニヤ人の母親とイギリス人の父親の間で育ち、ティーンの頃はマイケミのカバーバンドのボーカルをやってたり、パラモアのライブを観に行ってヘイリーに憧れてアーティストを目指してた、といういかにも2010年代ロックを全身に浴びて育った女の子、という感じ。

アーティスト名はあの有名コメディ映画『ピンク・パンサー』の女性名ということですが、音楽性的にはマイケミパラモアのようなメロコア・ロックっぽい要素よりも、一昨年ブレイクしたビーバドゥービーあたりを思わせるドリーム・ポップっぽい曲や、ドラムンベースを通過したようなビートの曲、ブレイクビーツっぽい曲とかかなりいろいろな引き出しを持ってるようです。UKではアルバム20位と好発進のようで、これから注目のアーティストの一人かもしれません。

ということで今週のトップ10と圏外初登場アルバムのご紹介でした。ここでいつものように今週のトップ10のおさらいを(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト)。

*1 (-) (1) Punk - Young Thug
2 (1) (7) Certified Lover Boy - Drake
*3 (-) (1) Faces - Mac Miller
*4 (-) (1) Music Of The Spheres - Coldplay

*5 (RE) (62) Let It Be (Soundtrack) ▲4 - The Beatles
6 (3) (4) Sincerely, Kentrell - YoungBoy Never Broke Again
7 (7) (17) Planet Her - Doja Cat
8 (8) (41) Dangerous: The Double Album ▲ - Morgan Wallen
9 (5) (22) Sour ▲ - Olivia Rodrigo
10 (6) (5) Montero - Lil Nas X

今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがでしたか。さて最後に恒例の来週の1位予想。ここのところ外しっぱなしなんですが(笑)来週の対象期間、10/22-28にリリースされた顔ぶれを見ると、UKチャートだとビフィ・クライロデュラン・デュラン(!)のアルバムが1位を争いそうなんですが、アメリカだとやはりラナ・デル・レイの新譜でしょうか。ここのところ1位のポイント数が2週連続10万を割ってますので、ラナだと10万は堅いからまあまず来週の1位は決まりでしょう。それを脅かしそうなのは、やはりヒップホップ系で、今年5月に1位を決めたマニーバッグ・ヨの『A Gangsta’s Pain』のデラックス盤の返り咲きや、ワーレイ、久々のフェティ・ワップあたりが迫る可能性はありですね。ではまた来週。

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