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本屋プラグのためにならない読書⑩

 中国は杭州市の富陽地区。大河、富春江が流れるこの街に暮らす顧(グー)家には、老いた母を家長に4人の息子たちがいる。長男夫婦は料理店を経営し、次男夫婦は富春江で漁師を生業にしている。ダウン症の息子を男手一つで育てる三男には借金があり、どうやら闇社会に通じる危ない仕事をしているようだ。気ままな独身生活を送る四男は、解体工事の現場で働いている。今、富陽地区は再開発のただ中にあり、古い建物は次々に取り壊され街の様相、そして人々の暮らしも変わりつつある。

 昨年、日本でも公開された映画「春江水暖(しゅんこうすいだん)」は、1988年生まれの映画監督、グー・シャオガンの驚くべきデビュー作だ。監督の故郷でもある富陽を舞台に、ある大家族と、変わりゆく街の四季を描いた本作は、元代の有名な画家、黄公望(1269―1354年)の水墨画「富春山居図」からインスピレーションを得ているという。


 実際に見てみれば、なるほどとうならされる。富春江の川べりを歩く、長男の娘とその恋人。「競争しないか?僕は泳いで、君は歩く」。そう言って川に飛び込み、泳ぎはじめる恋人と、川に沿って歩く娘。陽光の中、二人の進む姿と川沿いの鮮やかな自然風景を、横移動のカメラが10分を超えるロングショットで捉えたシーンは、まさに現代の山水絵巻だ。この見事な美しさはぜひとも、大きなスクリーンで味わってほしい。

 さらに特筆すべきは、劇中で顧家の四兄弟を演じたのは、プロの俳優ではなく、演技経験のない監督の親戚・知人たちだということだろう。長男夫婦を演じるのは監督の母方の伯父とその妻で、実際に料理店を経営している。二男夫婦役は、その料理店に魚を卸していた漁師の夫婦。三男と四男役は父方の叔父。三男のダウン症の息子も、その叔父の子どもで、監督の従兄弟に当たる。彼らが演じるのは、フィクションの物語の架空の人物たちだが、その人物たちには現実の彼らの来歴が投影されている。それゆえに観客は、スクリーンの中で展開される、虚構であるはずの物語の登場人物たちの表情やたたずまいのうちに、演技を超えてにじみ出る、本物の人生をも見つめることになる。そのリアリティーが、この現代の山水絵巻に、みずみずしい生命を吹き込んでいる。

 そんな「春江水暖」を「和歌山ミニシアター企画第11回」として3月20日(日)、和歌山市北新5の「ライブハウスCLUB GATE」で上映する。急激な発展にのみ込まれる中国の都市と、市井の人々の暮らし。一方ではるか昔から変わらない、悠久の大河の流れに身を任せていただきたい。(本屋プラグ店主・嶋田詔太)

 上映時間=(1)13時半(2)17時▽参加費=各回1500円(別途1ドリンク)▽定員=各回30人程度▽予約・問い合わせは、本屋プラグ(073・488・4775)。

https://mainichi.jp/articles/20220211/ddl/k30/040/395000c

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