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2024年2月24日 11:52〜13:10

岡山城 ///ついか。ひろめる。こつこつ
後楽園 ///およばれ。やるき。みかた

旭川にかかる月見橋の下の河原へ降り、草のうえにオレンジ色のレジャーシートを広げて座って書いている。対岸に見える岡山城は正午ちかくの高い太陽の陽射しをうけて、北側の屋根瓦を白く光らせている。陽の届かない壁面は黒ぐろとして、城全体に強いコントラストが生まれている。書きはじめたところに橋のうえから若い女性の声がした。「あそこレジャーシート広げてなんかしょうる」。流暢な岡山弁だ。声につられて月見橋を見上げると、橋には岡山城や後楽園に向かう観光客が十数人行き交うなかに、足を止めてこちらを見下ろす二人組の姿があった。白いダウンと黒いコートが並んでいるのはわかるが、ありがたいほどの快晴のおかげで陽射しがまぶしく、仰いだ視界が思いのほか暗く映った。そのまま往来を眺めていると、正午をすぎてますます人が多くなり、こちらと眼があうこともふえてきた。スマートフォンで写真を撮るひとたちのメモリーには、私の姿も収められていそうだ。耳に飛び込んでくるのは中国語が多い。平日はとくに外国語が飛び交いがちなエリアだが、三連休の中日のきょうは日本語をよく耳にすることができた。ふと、あたまのうえに、ちょうど森永製菓のチョコレート菓子とそっくりな大きさの小枝が落ちてきた。足元に眼を移すと、ムラサキサギゴケの小さな花が芝のあいまにぽつりぽつりと顔をのぞかせている。一五ミリほどの小さな花はその形が独特で、その名のとおり鷺が羽を広げたような姿にみえる。「苔のよう」といえるほど密に広がってはいなかったが、白い帯に黄色い斑点を並べた精緻なつくりの花が二、三連なって咲くようすを近くに何組もみつけることができた。周囲は枯芝と薄茶色の落ち葉ばかりで、ムラサキサギゴケの淡い紫色がよく目立った。一匹の蜘蛛がやってきた。足を広げた姿が一円玉くらいの大きさだ。あぐらを組んだこちらの足を登って降りて、いちども立ち止まらずに草の中へ去った。旭川の川面は東からのゆるやかな風に小さく波だち、細かく尖った波頭があたたかな陽射しを弾いてあちこちで白く明滅をくりかえしている。そのうえを観光屋形舟がゆっくりと川下のほうへすべっていった。桃の姿の足漕ぎボートもたくさん出ていたが、みなランチへ行くタイミングになったのか、だんだんと岸へ留まる桃がふえてきていた。背後のレストランの階段に干された濃緑と黒のエプロンが、使い古されたタオルと並んで風に揺れている。

十二時三十分ちょうどに移動を開始して階段を登り、乗代さんたちが食事を摂っている城見茶屋をすぎて後楽園のなかへ。いつものようにスマートフォンケースに挟んでおいた年間パスポートを提示して南門から入場し、いちど見事に咲く白梅の横の手洗いに寄ってから、後楽園の東端にある芝生の広場をめざした。日頃、ランチタイムに職場を抜け出しては定点観測として同じ景色を写真に収めているスポットがある。きょうはその写真に写っているベンチに座り、テーブルのうえにノートを広げてつづきを書きはじめた。広場には同じテーブルとベンチのセットがいくつかあり、りっぱな東屋もひとつある。そこには五人の女性たちが座っていて、話が弾んでいる。ベンチに座りテーブルに向かうと西の方角を向くことになる。芝生の向こうには後楽園の内と外を隔てるフェンスに沿ってサザンカが並び、赤紫の花を咲かせている。後楽園の外周に設けられた遊歩道のむこうはもう旭川で、川沿いには細く低い木立ちに混じって広く枝を広げた大木が伸び、すっかり落葉していながらも存在感がある。それら樹々の隙間をうまく縫うようにして岡山城の姿がくっきりと見え、東と北の壁面はいずれも明るい陽射しが届かずすっかり陰になっている。十二時五五分、遊歩道を右手から左手へ、乗代さんが横切って駆けていくのがみえた。短く鳴く小鳥の甲高い声。光る川面の奥に月見橋と、さらに遠景のビル群、青空に散ったうすい雲がある。あたたかな陽射しのなかで食べるミックスサンドがおいしい。広場には入れ替わり立ち替わり観光客が訪れては、みなのんびりと城を眺めて立ち止まり、まぶしそうに眼を細めていた。

この風景スケッチは、作家・乗代雄介さんを講師に迎えた創作ワークショップ『小説の練習 〜自分を変える風景を書く〜』の第3回にて作成されました。

「あそこレジャーシート広げてなんかしょうる」

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