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2023年12月16日 12:30〜13:00

百間川せせらぎ広場 ///おじさん。さむらい。いっしき

岡山城や後楽園から旭川を三キロメートルほど上流に遡ると、旭川と百間川が分岐する「一の荒手」と呼ばれる堤がある。旭川の水位が堤を超えると、放水路である百間川に水勢を逃がす仕組みだ。その一の荒手を望む土手のうえにレジャーシートをひろげて書いている。オレンジ色のチェックのシートには、前回のワークショップで書いてもらった作家・乗代雄介のサインがある。南西からの風がひどく強まり、シートをしきりにはためかせる。背負ってきたケルティのリュックを重しにしていたが、さらに強い風が立った弾みでシートが踊り、たべかけのサンドイッチが枯れ芝のうえに転がり落ちた。背にしているのは一〇メートルほどの高さの電柱に似た姿の塔で、最上部にはカメラが設置されていて、そのレンズが一の荒手のほうを向いているから、水位を監視するための設備だろう。操作盤にはTOSHIBAの文字がある。はじめはこの塔を支えるコンクリートの台座にすわっていたが、尻がつめたくてすぐに芝のうえにシートを敷きなおした。西から東へ、旅客機が飛んでいく。さきほどから公園内をあちこち巡っていた散歩の白い犬が、鮮やかなオレンジ色のリードを引っ張ってテンポよくこちらへ歩いてきた。南の空にはぼんやりと光るものがひとつあり、太陽の位置だけはなんとかわかる程度に空全体が雲に覆われ、ときおりまばらな雨滴が風に乗って届いては、ノートのページをうっすら濡らした。南を向いた正面、一の荒手の右手に旭川、左に百間川が延び、ひんぱんに新幹線が渡っていく橋梁がその先の河原の景色を上下に区切っている。岡山駅が近いため、模型のように小さくみえる列車のスピードはゆっくりだ。めずらしい赤色の八両編成の上り列車が走っていった。その動きの背景には岡山市街地のビル群がこまかく敷きつめられていて、目立つタワーマンションやNTTクレド岡山ビル、ベネッセコーポレーションの本社、心臓病センター榊原病院、駅前のホテルグランヴィア岡山まで、互いにかなり距離があるはずなのに、仲よくそばに寄り添って並んでいるようにみえた。土手のうえには自分のほかに四人の参加者がこちらに背を向けて座り、旭川と対峙して、それぞれの名札が風に舞うのにまかせて風景スケッチに取り組んでいる。ふいに雨が強まると、並んだ二人が同じように傘をひらき、風上のほうに向けて斜めに傘をかまえる姿がシンクロした。足元に広がる一面の枯れ芝のなかにタンポポに似た花がぽつぽつと咲いて黄色を散らしている。笠井山と龍ノ口山の間を流れてきた旭川の、一の荒手の分岐の直前ではまだ河岸工事がつづけられていて、波打った厚い鉄板が広い範囲で川面に突き刺さり流れを堰き止めている。新たな盛り土のうえにはぶ厚い鉄板が敷き詰められて、ポンプや発電機が載っている。オレンジやイエロー、グリーンの重機が、色彩に欠ける冬の河原の景色を彩っていた。待機する重機のそばの芝生では、青いビニールシートを広げピクニックをしている女性ふたり組みが寒そうに膝を抱えて座っている。ふたりには大きすぎるシートでいかにも寂しそうに見えると思ったら、あとから三人組がやってきて久々の再会をよろこぶように大げさにハグを交わした。

この風景スケッチは、作家・乗代雄介さんを講師に迎えた創作ワークショップ『小説の練習 〜自分を変える風景を書く〜』の第2回にて作成されました。

写真中央にみえる塔のしたで書いた

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