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2024年1月14日 14:09〜14:52

近水園(県指定名勝) ///ぜんざ。ほらがい。りんご

シイノキの下の木製のベンチに座って書いている。見頃の季節には美しい姿を見せる桜や紅葉、銀杏の木が数多く植栽されているが、冬の寒空の下で葉を落としたまま、細い枝先を広げて風の間に立っている。足元には無数のドングリが敷き詰められ、ところどころに深い褐色の椿の実が混ざる。背後には椿の生け垣が土手に沿って続き、近水園の土地を縁取っている。土手の向こうは足守川だ。

眼の前の遊歩道の先には池が広がっていて、樹々を映した水面の下を鯉がのんびりと泳いでいる。遊歩道と池の際に沿って埋められた杭にロープが渡してあり、その真新しい杭の一本一本がこちらに向けて影を伸ばしている。足守川の流れから引いている池の水は、さらに小川となって足守の町を抜けていく。一時はその姿が見られなくなった時期もあったが、このところは毎年シーズンになるとホタルが飛び交うほどの環境が保たれてきた。

池の奥には、宮路山を背景に、水辺に張り出すようにして建てられた数寄屋造りの吟風閣がみえる。この建物は京都御所の造営の際に残った資材でつくられたと聞いた。地元のお祭の際には琴の演奏会が開かれたり、お茶会の会場になったりする。家族連れらしい三人組が吟風閣の前に立ち、部屋のなかを覗き見るように並んで背伸びをしている。

広い池には島がふたつあり、吟風閣に近いほうが亀島、手前にあるもうひとつは鶴島と呼ばれる。亀島は広くて平坦で、亀の手足、頭や尻尾を模したような岩が島の周囲に配置されている。地面が低く水面のすぐそばまで近づけるため、鯉の観察にもってこいだ。一方の鶴島は大きな岩を重ねて組み立てられた立体的なつくりで、島の中央に建った歌碑が目立つ。「花びらをひろげ疲れしおとろへに牡丹重たく萼をはなるる」。絵画的な詩を多く読んだ白樺派の歌人・木下利玄の短歌だ。利玄は、ここ足守の生まれで、近水園のとなりに生家が残されている。よく知られた歌に「牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ」があり、牡丹のモチーフと利玄のつよい結びつきを示すように、近水園の北側のエリアには牡丹園が整備されている。

座っているベンチから牡丹園とは逆の方向に遊歩道を進んだ公園の南側には、足守文庫(岡山市立歴史資料館足守文庫)がある。コンクリートブロックで覆われた大きな金庫のような建物で、なかには利玄と同じく足守に生家がある蘭学・医学の先駆者・緒方洪庵に関するものや、足守藩に関する古文書などが展示されている。足守文庫の周囲には、密に植わった桜の低木が黒ぐろとした枝々を広げている。

この風景スケッチは、作家・乗代雄介さんを講師に迎えた創作ワークショップ『小説の練習 〜自分を変える風景を書く〜』の課題として作成したものを乗代さんに提出、添削・アドバイスをいただき、加筆・修正したものです。

乗代さんのエッセイでとりあげていただきました。

ちなみに、加筆・修正前の原稿が下記の作品集に掲載されています。

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