2024年7月27日 11:45〜13:00
陽射しをさえぎる雲が厚くなった。とたんに涼しい風が吹きつけて、手元でノートのページがめくれた。センダンのうらから飛び出してきたジャコウアゲハが背後に消えて、追いかけるように立ちあがり階段をのぼる。いちばん近いCエリアで書くことに決めて、後楽園の外苑の遊歩道を水辺のももくんめざして歩く。旭川に面する右手の景色には大小の樹々がうっそうと繁り、なかなか城が見えてこない。荒手茶寮を越えたところでやっと視界が開けて、川辺へおりる階段の先に天守が見えた。階段をおりた先には明るい黄緑色の葉に囲まれた1平方メートル大の石碑があり、そこに白く彫られた漢字一字の大きな文字は葉にかくれて読めなかった。スマホをとりだしポケモンGOアプリをたちあげてみると、それは「漕」の碑で、第六高等学校艇友会、昭和四十五年十一月七日建立だとわかった。階段はこの碑に近づくためのもののようで、おりた先には川へ向かって小径がつづいているが、その先は水面の奥へと消えていた。水面にはエノキやセンダンの枝がかぶさって、暗いブルーから白、そして緑へと川にグラデーションを生んでいる。碑の周囲にはさまざまな植物がからみあって足の踏み場もないようすで、碑のうしろにはアカメガシワの大きな葉が茂みをつくり、先端に実をつけたセンダンの枝葉ものぞく。それらの背景に小さな岡山城が見えた。ハの字を描いた屋根の下の白い三角形がふたつと、その上には最上階の瓦が白く光っていて、そのまぶしさに黒壁の存在感が際立っている。階段をひとつおりたところにリュックをおいて腰をかけた。左手にエゾエノキの大木が枝を広げて陽射しの凶暴さをやわらげてくれている。センダンの大木が四本、並んで川のほうへ向かって枝葉を伸ばし、その腕のひとつが対岸の城のあたまをなでているように見える。枝の左右対称にならんだセンダンの小さな葉でかくれて、シャチホコの姿が見えなかった。城の足元には樹々が繁って、ところどころに石垣の黄土色がのぞいている。真下に横たわる遊歩道を、ときおり他の参加者が歩いていった。観光船がいちど通ったほかは、セミの声ばかりが聞こえる。急に激しい水音が立ったが、センダンやエノキの葉でかくされて水面のようすがわからない。近い音で、魚が跳ねたにしては大きすぎるし、きっと水鳥のはばたきだろう。きづくとヒザから下を何か所も蚊に刺されている。何も対策をしてこなかった。月見橋の下で桃のボートがうごくのが見えた。その動作音も搭乗者の声も遠すぎて届かない。厚い雲が去って、きつい陽射しが戻ってきた。エノキの枝葉のすきまからノートに光が射してまぶしく照り返した。ノートに接した手の汗をタオルでぬぐう。後楽園の園内放送が始まって、何を言っているかまったくわからなかったが、時計を見るとちょうど十三時で、終わりの合図のような気がして立ちあがった。
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