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レティシア書房店長日誌

林哲夫編「喫茶店文学傑作選」
 
 多くの作家を魅了した喫茶店。そこは、作品の舞台になったり創作の場になったり、交友の場でもありました。そんな喫茶店が舞台となる短編・エッセイを、画家で文筆家でもある林哲夫が28作品を選び出した労作です。明治以来の喫茶店文化を凝縮させたような、文庫オリジナル企画。(新刊990円)
 

 夏目漱石、森茉莉、中原中也、小山清、澁澤龍彦、吉村昭、洲之内徹などの重鎮から、高平哲郎、植草甚一、常盤新平まで網羅しています。全く知らなかった人もいました。「カフェーの話」の谷崎精二は、谷崎潤一郎の弟でした。
 「サンダカン八番娼婦館」の著者山崎朋子が書いた「新宿=風月堂」は、昭和21年にオープンし、30年に、吹き抜けコンクリート打ちっ放しの壁という前衛的な店舗になり、現代美術の個展やコンサートを定期的に開催し、多くの文化人の集まる場所でした。著者がここでウェイトレスとして仕事をしていた時、一緒に働いていた人やお客さんの様子を描いています。
 「三國連太郎氏も、銀座を歩いていたところをそのままスカウトされて映画俳優になったというだけあって、精悍な風貌の目立つ人だった。」と紹介しています。
 東京が主な舞台の作品が多い中、詩人の小野十三郎は「大阪の道すじ」で、彼の喫茶店遍歴を印象的に語っています。昭和8年東京暮らしを終わらせ、大阪に戻った彼は、大阪の新歌舞伎座の真向いにできた書店「創元」に入り浸ります。この店の奥が喫茶室になっていて、ここに大阪の詩人、作家、ジャーナリストが集まっていました。織田作之助、庄野潤三、開高健などもそんな仲間だったらしいです。
 京都も喫茶店では歴史のある街なので、誰か取り上げられていないかと思っていたら、最後に登場しました。京都在住の名エッセイスト山田稔の「街の片隅で」です。
 「市のはずれにひっそりと暮らすのが気に入っていても、たまには街の空気を吸いに出かけたくなる。しかし御池通より下(しも)には足をのばさない。とくに四条河原町近辺は若者の街と化したようで、老いた田舎ネズミを脅かす。おまけに歩道のアーケードのスピーカーから。『京都を世界でいちばん美しい町にしましょう。』式のお説教まで聞かされてはたまらない。で、街に出るときも河原町二条でバスを降り、二条通りから寺町通りを北へ足を急がせる。何のことはない、早くも街から逃げ出しているのだ。」
 そして、著者がいつも立ち寄るのが、今は閉店してしまった三月書房、そしてパンの進々堂。「ここの喫茶室のゆったりとした雰囲気が私は好きだ。」と書かれています。本作について「何気ない半日が描かれているだけなのだが、忘れ難い印象を残すエッセイである」と編者である林が解説していました。進々堂にいる客たちの描写と、三月書房で買った本のことしか出てこないのですが、余韻を残す素敵な作品です。うちの店の近所の描写に親しみがあるせいかもしれません。「私のなかを片隅の小さな時間が流れていく。」この最後の一行が全てを物語っています。
 旅先であるいは仕事先でふらりと入った喫茶店で開いてみたい本です。

●レティシア書房ギャラリー案内
9/18(水)〜9/29(日)   飯沢耕太郎「トリロジー冬/夏/春」刊行記念展
10/7(水)〜10/13(日)  槙倫子版画展
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮り2」

⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本3」(660円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)

森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

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