見出し画像

レティシア書房店長日誌

梶谷いこ「和田夏十の言葉」

 京都市上京区の書店、誠光社から「誠光社同時代文庫」の新作として発売されたのが、梶谷いこ「和田夏十の言葉」(1430円)です。ところで、和田夏十ってご存知でしょうか?
 彼女は1920年姫路に生まれました。終戦後、勤務していた東宝撮影所で映画監督の市川崑と知り合い、結婚。その後脚本家として市川作品で名作映画の脚本を執筆しました。1983年癌のため62歳で亡くなりました。
ということは、映画関連の本と思われるかもしれませんが、さにあらず。もちろん、映画の話も登場しますが、著者自身の暮らしと、名脚本家の言葉を重ね合わせた随筆集です。

 少し長いですが、引用します。
「『なんだもう駄目か。がんばれよ、男の子じゃないか』 
1962年の映画『私は二歳』では、生まれてはじめて歩いた我が子がすぐに尻餅をついてしまったのを見て、父親がそうハッパをかける。でもそんなこと言われたって、人間は他の動物のように最初からたくさん歩けない。それは性別とは関係ない。
『ボクは人間なんだぞ。男の子だかなんだか知らないが、ボクは人間だ』
二歳児『ターちゃん』のモノローグとしてこう語らせる脚本家・和田夏十の、さっぱりとした主張に触れるたび否が応でも励まされる。私は人間なんだぞ。女だかなんだか知らないが、私は人間だ。男と同じ人間だ。」
著者が日々の様々な場面で遭遇する違和感を、映画の脚本の言葉から、自分の思考に落とし込んでいく快感が本書にはあります。
 和田は脚本家であると同時に、二人の子供の母親でもありました。和田の書いた唯一の著書「和田夏十の本」は、彼女の死後、市川崑の意向で谷川俊太郎が編者となって出版されました。そこから子育てについて引用しています。
「かわいいかわいい食べてしまいたい位かわいい、と思って育てなかったのが、私の育児の最大の欠点だったと、今なら反省出来る。でもその反省も少しだけ。なぜって、私は本当に一生懸命だったし、それなりには始終考えをめぐらしてはいたし、何よりも私は私だったんだから。 私が子供を育てる一番の楽しみは、早く一人前にものの考えられる人間になって、大人になって、同じカマのメシを食べた者同志としてつき合いたいってことなの。」
ちなみに、和田が「私は二歳」の脚本を書いていた時、子育て真っ最中。執筆は居間の隅で家事の合間に書いていたそうです。
 1955年、獅子文六の「青春怪談」が日活で映画化されます。監督は市川で、脚本は和田。彼女は原作にないこんなセリフを入れます。
「あたし、見るからに男らしい男って嫌いよ。そういうヤツは、あたしが女であるってことをいつでも意識させるからね。あたし、人間としてのびのびと暮らしたいのよ。」著者は「これは、和田夏十の独白だ、と思った。」と書いています。
 市川と和田の夫婦関係は、当時の日本の一般的な「主人と嫁」という在り方とは少し違っていました。「亭主は事業の一部分にしか係りのない仕事をしているにすぎないけれど、主婦は仕事全体を取りしきるから、これはもう事業である。」(「和田夏十の本」より)彼女にとって家庭は、家族に仕え、世話をするものではなく、自身が企画運営する一大事業という認識だったのです。だから、家庭内で「男らしさ」などという権力を振りかざされてはやっていけないということです。
 市川&和田コンビの作品は、個人的に好きでかなり見てきました。そのセンスの良さ、歯切れ良いタッチ、予想外の展開等々、当時の日本映画とは異質な感覚は、和田の聡明さと人間性に裏打ちされていたものだったのです。
なお、著者の梶谷いこさんは、「恥ずかしい料理」(誠光社1980円)を出されています。こちらも素敵な本です。


●レティシア書房ギャラリー案内
11/29(水)〜 12/10(日)「中村ちとせ銅版画展」
12/13(水)〜 24(日)「加藤ますみZUS作品展」(フェルト)
12/26(火)〜 1/7(日)「平山奈美作品展」(木版画)

●年始年末営業案内
年内は28日(木)まで *なお26日(火)は営業いたします。
年始は1月5日(金)より通常営業いたします



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?