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レティシア書房店長日誌


寺嶌曜「キツネ狩り」(古書/1300円)
いろんな書店員の方と本について語り合ってきましたが、推理小説、特に刑事ものを熱く語ってくれる人には出会いませんでした。謎解き探偵ものは、全く読まないのですが、刑事ものは「新宿鮫」以来、面白そうと思えるものは乱読してきました。しかし、昨今のものは安易な構成、ワンパターンのキャラ設定等々が目立って、途中まではドキドキしながら読めるのですが、後半ガックリ来ることが多くなりました。
しかし、「第9回新潮ミステリー大賞」を受賞した寺嶌曜の「キツネ狩り」は、その物語構成力、登場人物のユニークさなどが見事にブレンドされていて、久々に読み応え十分となった小説でした。
主人公は女性警官の尾崎冴子。彼女は三年前のバイク事故で右目を失明しました。恋人もその事故で亡くし、失意の日々を送っていましたが、意を決して、その事故現場を訪れます。その時、その事故現場でフラッシュバックのように、自分が体験した事故の一部始終を目撃します。それ以降、彼女の片方の眼は、3年前の光景ならば見ることができるようになってしまいます。
それを知った警察所長と彼女の信頼する警部補は、三年前に起こった未解決の一家四人虐殺事件の再捜査を始めます。事件現場で彼女の眼が目撃するものを頼りにして。
「私の場合、眼帯を外し、両目で過去と現在の両方を見ている状態だと、三年前と現在の光景が重なった状態で見えます。でも、どちらか片方の光景がはっきり見えているせいで、思っているより違和感はありません」と彼女は言います。
現在と過去が同時に見えるというSF的設定を持ち込んだ刑事ものって初めてではないでしょうか。彼女は事件現場を凝視しながら、犯人の痕跡を追いかけていきます。一家四人虐殺現場の再現描写には戦慄しました。物語の運び方、読者の迷わせ方など巧みなテクニックでドンドン読ませていきますが、これが、デビュー作とは思えません!

ラスト、彼女は犯人と対峙することになります。「人は家族であることで何かに縛られて傷つけ合う。こんな簡単なこと、何で理解できないかな」と家族を否定し、殺害へと走った犯人の論理に向き合うのですが、その真意は解明されずに物語は幕を閉じます。
「家族の在り方」という現代的な問題を正面に据えて、イージーな解決に走らず、ずっしりと重たいものを残して終わる物語。ぜひ、お読みください。


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