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尾腐れ病の金魚のパッション

情熱についてとりとめもなく考えていた。
僕のアニエスがそっと背中を押した。

大地の息吹、芽吹く木々の若葉、そよぐ風、希望しかない夏の海の水平線、落ち葉を踏みしめる音、冬の足音、夜が侵食することに抗う永遠の太陽の嘆き、星々の囁き、分厚い雲の不穏な様相、嵐の前触れ、激しく打ち寄せる波、空高く舞い上がる鳶のつがい、鳥たちの囀る朝、青々しい草の匂い、愛するひとの寝顔、彼女たちの笑い声、悲しみ、怒り、憤り……。
それらすべてが僕にとっての情熱。

決して受難や受苦といった難しいことではないのだ。

僕らは自然の中、ひとまとまりの偶然を共有した共犯者たちと、相互作用で何かしらを愛の元に共有し合う。別れるまで、あるいは、死ぬまで。

僕は主に誓った。
富めるときも病むときも死がふたりを別つまで愛し合うことを誓った。

それが僕の情熱の核。

でも本当にそうだろうか。
本当に僕はそう望んでいるのだろうか。

潔さもなければ、器も小さく、感受性だけが尖ったままの僕。

本当は誰か助けてと叫びたい衝動に駆られてる。

僕は家族を愛してる。
妻も娘も僕の全てに変わりない。
平和を願う。希望を願う。

本当にそうだろうか。
僕は自分さえ心地よければ良いのではないか。
止まった時計の針をどうにか動かしたくて、その言い訳に綺麗事を並べている。

僕のことを救ったひとを僕が救えなくて悲しい。誰か助けて。
また誰かに助けてもらうの?

もがいたら溶けた皮膚から血の匂いが滴り落ちてそのまま茶色になりどす黒い得体の知れない、言葉にならない感情の扱いを制御できず、僕は夜の海辺を彷徨い歩く。

僕がもがいているのは僕の絶望をどうにかしないと乗り越えられないとわかっているからだろう。

死んでしまえば簡単だ。
そしたら誰が彼女たちの面倒をみるの。
そんなことしたら彼女たちを傷つける。

もがく熱エネルギーも情熱。

僕は本当にダメで馬鹿な人間だ。
そんなこと誰だって知ってる。

誰か助けて

誰かじゃなくて自分でなんとかしなきゃいけない。
これまでだって色んな小さなことを自分で歯を食いしばって乗り越えてきたじゃないか。

僕を呼んでくれる声を思い出す。
名前を呼んでくれる声。

僕が心をまた閉ざしたら聞こえなくなる。

世界の深淵、心の中、光を見出すのはその声を思い出す自分自身。

僕を救えるのは僕しかいない。

そんなの、誰だってわかってる。

こんな馬鹿げたことを書いてどうするの。
いつまでも同じ場所から動けない。
書くことにしがみついてすがりつく。

これは僕の虚構の絶叫。

僕は僕を何が何でも見放しちゃいけない。
そこに理由なんて必要ない。

名前を呼んでもらう声を思い出すことが今の僕にとってのパッションだろう。

秋の夜、雨の音を想像する。
愛しいひとたちの寝顔と温もりを起こさないよう心で抱きしめて。
僕はこのひとたちに支えられていることを踏みつけちゃいけない。

立ち上がらないといけない、そんな焦る砂を波が嘲り、どこかへ連れて行く。

感傷とは、このようなものだ。
馬鹿げていて滑稽で苦しくもがく駆動そのもの。
それもまた、パッションであろう。

海に捨てた金魚はエラに塩をふくらませナイチンゲールに命乞いする。
僕をここからきみの翼に乗せて金魚鉢まで連れてって欲しい。
飛べないナイチンゲールは歌うことしかできない。
歌を歌うあいだじゅう、金魚は浜辺で打ち上げられながら溶けた尾ひれで泳ぎ続ける。

陳腐な陰鬱で浅はかでお調子者で見てくれだけの下手な僕の感傷的な詩。

僕が金魚じゃなくて詩人だったら良かったのに!

泣きながら眠る、どうか目が覚めませんように。

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