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竹二郎の物語③ 戦後77年編

竹二郎と淑子が亡くなり、8年近くが経過していた。
台風の影響で海沿いの街は湿気が強かった。それでも雨のお陰でほんの少し暑さは柔らかくなってもいた。
2022年8月18日。

竹二郎の息子、武文は1番若い孫の大と作業場で木材の加工をしていた。

「そういえばさ、この前聞いたり確認したひいじいちゃんの話を文章にしてみたんよね。じいちゃんちょっと、見てくれる?」

午前中の休憩のとき、武文にiPhoneの画面を見せてきた大。
武文は笑いながら、孫の書いた、父親の物語を読み始めた。

「大、これ良く書けてるけど、地名はぼかした方が良かったかもな。あと、在日朝鮮人の方々の部落問題とか差別問題のことにも触れておいて欲しい」

「日韓併合問題で移住されたことくらいしか公民で習ってないし、俺、日本史選択してない。地理選択したから、そもそも知らん」

武文は少し呆れながら、奥へと消えて、一冊の本を持って戻ってきた。

「ある時期、大幅に削除されて問題にもなったのに知らないのは良くない、これ、時間のある時に読んでみたらわかる」

『生きることの意味──ある少年のおいたち』

「おじいちゃんね、昔、中学生の頃、中山雄二くんっていう親友がいたんだけど、その子は山形かどこか東北あたりから小平に引っ越して来た子だった。すごく気が合って学校でもよく一緒にいた。ある日、ガキ大将みたいな奴が中山くんに向かって、『お前、チョンだろ』と言っていきなり罵声を浴びせて来た。おじいちゃんは中山くんが在日コリアン2世だとは知らずに、それまで接してきたから、驚いたのと、友達をいきなり罵倒されて頭にも来ていて、喧嘩になった。」

大は、少しハッとさせられたと同時に恥ずかしくなった。
自分も子どもの頃、散々、フィリピン帰れだの、英語喋ろよだの、言われて悩んだり、自分自身のルーツに悩んだりもした。
それなのに、自分とは違ったルーツの差別に無意識的に盲目になっていたからだった。

大は部落問題のことは少しだけ聞いたことはあったし、好きな映画『Go』も在日コリアンの問題に触れていたはずだった。

けれど、彼らがどういう経緯でどうして全国に点在させられたかまでは知らなかった。
単純に、大の言い分では「日本史を選択しなかったから」

『Go』に共感したのは、事実だった。
けれど、そこにある歴史的な背景を知ろうとしなかった。

「戦争のときに、男手が日本では足らなくなって、朝鮮半島から強制的に、かつ、日本国民には大っぴらにならないように、全国に散らばして、点在的に集めて、農村の労働をさせたりしてた。担任の先生が、止めに入って、差別をするな、喧嘩をするな、と怒られたわけ。からかってきた子とおじいちゃんと。それでも中山くんはずっと黙ったまま。おじいちゃんはなぜか悔しくてね。知ってたら、どう思ったかわからないけど、1番気が合ってたから親友だった」

「ふーん、本読んでみるよ」

「この会話も③として書いといてよ?」

武文が作業に戻ろうとした。

「あ、待って、あと一個。じいちゃんに意見、聞きたいことある」

武文は孫を見上げた。
小さい頃から武文と良く気が合った。
武文に性格も少し似ているところがあった。
父親より祖父の自分にまず意見を聞いてくる1番年齢の低かった孫を可愛がってもいた。

「社会の問題だとか、歴史的背景だとか、そういうのって、目を覆いたくなることもあるけど、目を向けるし、知らなくて済む話なんてないと思うんだけどさ。場合によっては、知らずにいれば考える必要もなくて、知ったからと言って、考える必要性があるかどうか、ってのは個人の自由じゃん?それに、ネットだとかSNSで、次から次へと情報が大量に流されてくる。
どれを取捨選択するか、考えるべきことか、その目が確かならいいけど、さっきの俺みたいに無知なままだと、本来なら、知るべき、考えるべき事柄で、しかも、自分と状況的に実は共通の事もあったりするのに、自分の悲劇性ばかりに目を囚われて、考えるべき他人の問題を見過ごすよね?」

「受験、受験、で、来てる最近の子とか健志の世代以降はそういう人ばっかりじゃないの?それか社会問題にそこまで興味が持てないか、考える力がないか、あるいは考えたくても余裕がないか」

健志とは武文の息子であり、大の父親だ。

「そうかもしれないけど」

「あとは自分の中で問題意識としていることと、分析することが一貫していれば、そうした視点で物事を大局的に見るから、何を問題意識していてどう考えるか?というのは、案外ずっと同じことを繰り返しているかもしれないし、考えないのは、その人にとって、必要ないからだろ?」

「まあ、そうなんだけど」

「そもそもの、何のために、何についてどう考えて、何を目的達成のためにするか、《何のために》でまず優先度変わるでしょ?子どもの頃から色々なことに目を向けれる環境かどうかでも変わるし、そういう環境の中、子どもの時に色んな体験したり本読んだりできれば理想だけど、経済的な状況、周りに気付かせてくれる、体験させてくれる人たちがいるかどうかでも全然変わるだろうし。他人は他人だね。目的がはっきりとしてれば、他人だとか他のノイズ的な情報の多さに依存しない。目的がキチッとはっきりしてたら、自分で必要とするものを能動的に取りにいくでしょ?もう、そろそろ作業再開しないと。それがあなたの目標でしょ」

孫はすこし不服そうにしながらも、また加工作業に戻った。

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