問答010 「ひものしおり」使ってますか?

○:先生、本に付いている、ひものしおりって使いますか?
●:いや、使わないな。
○:あのひもは、単行本には付いていて、文庫本には付いていませんよね?
●:いや、そうとは限らないぞ。 文庫本では、確か新潮文庫には付いているはずだ。単行本でも出版社によっては付いていない本もあるぞ。
○:そうですか。でも、なんで新潮文庫には付いているんでしょうね?
●:さあな、新潮社はやる気があるんだろう。
○:やる気の問題なんですか? それにしても、なぜ先生は、あのひもを使わないんですか? 便利なのに!
●:使っているうちに、ほつれてきて、ぼさぼさになるのがいやなんだよ!
○:それだけの理由ですか?
●:いや、その、、、。
○:まだ、あるんですね?
●:そうだ。 私が中学生の時だった。 図書館で単行本を借りてな。 分厚いミステリーだったが、2週間借りても数ページしか読めなかった。 それで、貸し出し延長の手続きをしようと図書館に出かけ、カウンターの所にいるおじさんに申し出たんだよ。 
当時はまだ貸し出しにコンピューターなど使われていなくて、表紙の裏に付いているポケットに利用者用の小さなカードを入れて貸し出すというような貸し出し方法だった。
だから、貸し出しも何となく機械的ではなくて、図書館の人と利用者の会話のやりとりなんかもあってな。
それでだ、貸し出し延長を頼んだ時も、そのおじさんが話しかけてきたんだよ!
○:なんて、話しかけてきたんですか?
●:「この本はおもしろいかい?」って聞いてきたんだよ。しかし数ページしか読んでいない自分には、まだ面白いかどうかなんかわからない。でも適当に、「ええまあ。」って答えたんだよ。 しかし、おじさんは私の嘘を見破った。おじさんはニヤリと笑いながら、「実はここまでしか読んでいないんじゃないのかい?」と言いながら、その分厚い本の、私が数ページしか読んでいないまさにそのページを開いて見せたんだよ!
○:いったいなぜ、おじさんは先生が読み終えたページが分かったんですか?
●:ひもだよ!
○:ひも?
●:ああ、まさにさっき話していた、ひものしおりだよ!
私は読み終えたページに、ひものしおりがはさんであったんだよ!
○:それで、おじさんは分かったわけですね?
●:そうだ。あの時、おじさんが私の目の前に高々と持ち上げた、ひものしおりをつまんだ指は、今でも目に焼き付いているんだよ! 
それ以来、あのひもは使っていない。
○:先生の悲しい過去を思い出させてしまったようですね。

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