あの時に〜春なるとおもうこと〜

許可を求められ、承認いや、事実さえ受け入れられなかった。断固拒否した。阻止するしか、私にはなかった。コロナ禍で、飛行機に乗るのに検温も制限もあるときだった。記録的な寒波もあった。死ぬこと以外かすり傷と言って、死なれてから後悔するぐらいならと思っていた。思い込んでいた。知らないまま、あとから知りたかったと思った。全力で、阻止した。到底受け入れられない。何度思い返しても、あの時はそれしかなかったという思いに至っていた。
2年が過ぎた。今朝、起きた時に頭に浮かんだのが、そうじゃなくても、良かったかもしれない。という思い。
許可すれば良かったの後悔ではない。
今までには、許可すれは良かったの後悔も浮かんでは消えていたが、それとも違う。あの時は思い込んでいたけど、苦しかったけど、そういうことあるよね。客観的というのとも違うような。当事者の自分に当事者の自分で、となりから話しかける感じがふっと湧き上がった。初めての感覚。過去の事実は変えられない。今も、許可はしなくて良かったとも思う。あそこまでした自分を、自分だけが隣に座り仕方ないよと、肩を叩いてなぐさめる。それでも、そうじゃなくても、どちらを選んでも同じ景色をこの先に、一瞬見ることがあるよ。と語りかけてくる。そんな気がした、今朝だった。


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