見出し画像

J.O.トビンとウィッシングウェルの「異質」 ~サンデーサイレンスの母を生産した男 ジョージ・A・ポープ・ジュニアとは・11

今回から2回に分けてウィッシングウェル(サンデーサイレンスの母)の配合コンセプトをジョージ・A・ポープ・ジュニアの代表生産馬J.O.トビンと比較しつつ説明する。

まず今回は「異質」の存在についてがテーマだ。

組織に異質性を加える

サラブレッドの配合はいかにあるべきか?
インブリード(クロス)を手がかりとして、完全なる統一感と美を追求する五十嵐理論(I理論)というものが一斉を風靡した事もある。
私個人はサラブレッドの血統は組織論だと捉えている。

「だいたい正解」の回答を導き出すなら天下一品のChatGPTさんに「同じ性質を持つものだけで構成された組織はどうなる?」と質問してみた。

健全な組織には、ある程度の異質性が必要です。
完全に同質的な組織では、新しいアイデアや視点が生まれず、組織の持続性が損なわれ、競争力の低下につながる可能性があります。

異なる業界や専門分野の人々が組織に参加することで、新しい知見や経験をもたらし、組織の成長に貢献することができます。

組織はバラバラであっても機能しないが、同質でありすぎても機能しなくなる。
組織論として、「だいたい正解」の所を突いていると思う。

競馬でも「完成された組織」を持つ個体、すなわち「完成された血統」を持つ名馬が、スピードもスタミナも伝えず、期待外れに終わるケースは度々発生する。(1993年の三冠馬ナリタブライアンはその代表例だ。)

同質な形・強みを子や孫の代まで持続させるのは相当に困難だし、活力は低下していくものなのだ。

一般的な組織論では、過度な同質性を防ぐために、異質な性質を適切なタイミングで加える。

この組織経営の肝要を、優れた事業家であったジョージ・A・ポープ・ジュニアがサラブレッドの配合にも求めていても何もおかしくはない。

彼がウィッシングウェルの配合に求めた異質はスタイミー Stymie。JOトビンの配合に求めた異質はラルン Lalun
米国競馬史の中でも、共に抜きん出た異質の存在である。

異形のアイドルホース、スタイミー

スタイミーは第2次世界大戦中に活躍した名馬だ。
同馬のエピソードと実績を以下、箇条書きにまとめる。

  • 購買価格わずか1500ドル。(*おそらく肉牛1頭より安値)

  • デビュー戦はニューヨーク州・ジャマイカ競馬場(*1960年廃止)のクレーミング競走。7番人気の7着。

  • 毎週のように走り2~3歳時で57戦する。

  • 4歳時デビルダイバーのニューヨークハンデキャップ三冠(*当時の米国競馬の古馬路線の王道)を打ち砕く金星。

  • 5歳時ホイットニーハンデを勝利し、米国最強馬となる。

  • 8歳まで走り通算成績131戦35勝

  • 獲得賞金91万8485ドルは当時の新記録。

  • 1975年に米国競馬殿堂入り。

スタイミーの「濃すぎる」配合

スタイミーの配合は個性そのものだ。

スタイミーはマンノウォー3×3のインブリードを持つ。

スタイミーはまず父エクエストリアンからして変わり種だ。
この種牡馬はサラブレッドの枠を飛び越え、クォーターホースのリーディングサイアーになったこともある。サラブレッドでありながら、アメリカンクォーターホースの殿堂入りまで果たしている。スペシャルな快速血統だ。

クォーターホースにより行うクォーターマイルレースは、トップスピード時速55マイル(約88.5km/h)と言われるほど猛烈なスピードが求められる。

クォーターホース/Wikipedia

その変わり種の父、エクエストリアンの血統は下記の通り。

エクエストリアンは、ブルームスティックの3×3のインブリードを持つ。

(エクエストリアンが強いインブリードで持つ)ブルームスティックは、安馬でありながら歴史的な名馬であり、リーディングサイアーに3度輝いた名種牡馬でもある。


スタイミーの母ストップウォッチは4戦0勝の未勝利馬ながら、配合は異質だ。

ストップウォッチはドミノ直系の名馬、コリンの2×4のインブリードを持つ。

以上のように、父が「濃い」近親交配。母も「濃い」近親交配。そして仔も「濃い」近親交配。
この配合でありながら、スタイミーは晩成。そして100戦を軽くこなす無事之名馬だった。
スタイミーの血統を見ると、つくづく人間の先入観は裏切られるものと痛感する。

この異形・意外性の名馬スタイミーが間に差し込まれたように配合されたのがウィッシングウェル(サンデーサイレンスの母)である。

ウィッシングウェルの配合におけるスタイミーの存在について簡単に確認した。次はJ.O.トビンの配合にある「異質」の説明に移る。

J.O.トビンの配合における「異質」

JOトビンの生産(1974年)において、なぜネヴァーベンド Never Bendが選択されたのだろうか?
ネヴァーベンドの代表産駒ミルリーフは1968年生まれで、リヴァーマンは1969年生まれだから、すでにネヴァーベンドは人気種牡馬であった訳だが、これまで見てきたようにジョージ・A・ポープ・ジュニアは種牡馬のトレンドや実績をほとんど考慮しない独特の生産者である。

私はネヴァーベンドが選択された最大の要因は、同馬の母ラルン Lalunの「異質すぎる配合」にあると私は見ている。
ラルンの血統は下記のとおりだ。

  • ラルンの父ジェダー Djeddahは「濃い」近親交配(ダーバン Durbanの3×2)

  • ラルンの母ビーフェイスフル Be Faithfulも「濃い」近親交配。(ブラックトニー Black Toneyの2×4)

  • ラルン Lalun自身は「やや濃い」近親交配。(テディ Teddyの5・4×4)

ブサック血統・ドミノ系・エドモンブラン血統という、クセの強い3つのインブリードを持つラルンの血統は異質感たっぷりである。
これでいてラルンはケンタッキーオークス馬という一流の成績を残した。

この異質の血ラルンが間に差し込まれたように配合されたのがJOトビン(全米チャンピオンスプリンターというよりは、2000mをこなせる強いマイラー)である。

youtubeで視聴できるスワップスステークスでは、当時無敗の三冠馬シアトルスルーを相手にスタートからオーバーペース気味にぶっ飛ばし、2000mを楽々押し切る強烈なパフォーマンスが確認できる。

ド・ド・ドミノの…

以上のように、ウィッシングウェルの配合にも、JOトビンの配合にも、共通するコンセプトが1つ見られた事が確認できた。

特に両馬ともドミノの血を「異質」として取り入れていることに私は注目している。

ドミノは直系としては残っておらず、さらに(短命だったため)産駒がたった19頭しか生産されなかった。
それにもかかわらず、その後の米国三冠馬の過半数がドミノの血を何らかの形で持っているほど強い影響力を持ち続けている血である。
サラブレッドの血統においてドミノは、いわば0.1gでも十分効果が得られるハバネロジョロキアのように強い刺激成分と言えるだろう。

ジョージ・A・ポープ・ジュニアが、配合上の「異質」としてチョイスしたスタイミー Stymieラルン Lalunは軽視などできないし、彼が数ある中から選び出した「異質」のエッセンスがドミノ系であった事を踏まえて、ここに何を求めていたか…これを想像する事が彼の配合思想に近づく一歩になるのではないだろうか。

次回はJOトビンとウィッシングウェルの血統に見られる「同質」について説明する。

今回の連載は最後まで無料で書きます。サンデーサイレンスへの正当な評価を広めるためです。長い間誰も触らなかった話題ですので、慌てず騒がず、後々まで残る情報が書ければと考えています。 (最後まで読めたら「読んだぜ」のメッセージ代わりに♡を押して貰えれば十分でございます。)