見出し画像

【読書会】あのころはフリードリヒがいた:第1回分レジュメ

こんにちは。5月22日(日)01:04です。

今回は、明日23日(月)21時からclubhouse内で開くオンライン読書会に供するための「レジュメ」を作成しました。ご覧いただいた上で、参加を検討してくださいますとうれしいです。よろしくお願いいたします。

『あのころはフリードリヒがいた』岩波少年文庫520
・ハンス・ペーター・リヒター著
・上田真而子訳
・1961年刊(1969年改版)、1977年訳(2000年改版)

5月23日から、通算8冊目のテキストとなる『あのころはフリードリヒがいた』を読み進めていくことといたしました。全32節で構成されており、1回について8節ずつの全4回で読了したいと考えています(5月23・30、6月6・13日の4回)。

各節には、「年号」が割り振られていますので、時系列を追って進んでいくことが推し量られます。1925年生まれのドイツ人の少年「ぼく」と、ユダヤ人の「フリードリヒ・シュナイダー」との交流を軸に物語は進んでいくようです。

割り振られている年号と、フリードリヒがユダヤ人であることから推察されるように、この物語は現代ドイツ(戦間期からドイツの敗戦前まで)を舞台としています。ユダヤ人が主人公であることから、悲劇的な展開も予想されます。

ぼくがこの著作を知ったのは、河合隼雄さんの『子どもの宇宙』(岩波新書)の中ででした。この本は、児童文学の数々に描かれている「子ども」像を読み解き、その深層に光をあてようとしたものです。1980年代に刊行されているので、心の臨床家が児童文学にアプローチして、「大人も、(あるいは大人「こそ」が)子どものための本を読むべきだ」とした本としては、比較的早いタイミングで刊行されたものと思われます。

以下、「目次」にそって内容をかいつまんで紹介します。

①生まれたころ(1925年)

・「ぼく」とフリードリヒは、一週間違いで生まれた。同じアパートの上下階に暮らしている。

・シュナイダーさんは郵便局員。

②じゃがいもパンケーキ(1929年)

・この年、フリードリヒが初めて「ぼく」の家を訪れる。当時4歳。

・「ぼく」の母:「あら、フリードリヒちゃん、あなたまるでユダヤ人のぼうやみたいよ!」。つまり「ぼく」たちは、シュナイダー家がユダヤ人の一家であることを知らない。

③雪(1929年)

・階下のレッシュ氏:「こらっ、おれのバラを痛めるな! ユダヤの野郎め!」。

④祖父(1930年)

・国鉄職員である母方の祖父が来訪する。父を「職探しの熱心さが足りない」と非難している。「ぼく」の父は失業中。

・祖父:「ユダヤ人の家族だと?」。続けて、ユダヤ人の上司を非難し、イエスがユダヤ人によって磔にされたと論難する。

⑤金曜日の夕べ(1930年)

・「ぼく」はフリードリヒ家でユダヤの慣習に触れる。

⑥入学式(1931年)

・「入学袋」の大きさが、「ぼく」とフリードリヒとでは違うことに気づく。中身も違っていた。

・入学式のあとで、お祭り広場に出かけるが、その日の食費を使い果たしてしまう。父:「昼ごはんは、なんだい?」、母:「写真ですよ!」「お勝手用のお金、お祭り広場で使ってしまったのですもの」。

⑦学校からの帰りみち(1933年)

・小児科医の看板に「ユダヤ人」と落書きされているのを見かける。

・文房具店の前で、「ユダヤ人の店で買わないように!」と営業妨害をしているのを見かける。

⑧とめ輪(1933年)

・「ぼく」が入っている「ドイツ少年団」の集まりに、フリードリヒを連れて行くが、ユダヤ人を罵る演説を聞いてしまう。

        *       *       *

おおまかな内容は上記のようになります。話し合う際の参考となさってください。テキストを未入手あるいは未読であっても、参加を歓迎いたします。どうぞお運びください。

今回は以上といたします。最後までお読みくださり、ありがとうございました。それではまた!

追記:次回5月30日(月)予定

⑨ボール(193年)
⑩階段での話(1933年)
⑪シュナイダーさん(1933年)
⑫裁判(1933年)
⑬デパートで(1933年)
⑭先生(1934年)
⑮掃除婦(1935年)
⑯理由(1936年)


最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。ときどき課金設定をしていることがあります。ご検討ください。もし気に入っていただけたら、コメントやサポートをしていただけると喜びます。今後ともよろしくお願い申し上げます。