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折口雅博「プロ経営者の条件」

折口氏は伝説的な人気ディスコ「ジュリアナ東京」のプロデューサーにして、その後立ち上げた「グッドウィル」を急成長させた、カリスマ的な起業家である。2000年代、「モバイトドットコム」や「コムスンの誓い」などのCMが流れていたことを覚えている方も多いだろう。

グッドウィルは順調な成長を遂げていたが、介護報酬の過剰請求が問題視されて以降、本体の人材派遣業の給与の天引きなど違法性・問題点が指摘され、業務停止命令を受ける。2008年に事実上廃業し、折口氏は表舞台から姿を消した。

しかしジュリアナ東京、ヴェルファーレ、グッドウィル、コムスンなど複数の事業を当てたプロデュース能力と経営手腕は本物である。5人でスタートしたグッドウィルは10年で年商1,400億円とまさに驚異的な成長だった。

本書は折口氏・グッドウィルがまだ健在で絶好調だった2005年に、折口氏が経営上のキーファクターを記したものである。その後の不祥事から100%折口氏の経営を肯定することはできないが、若手の起業家や経営者が参考にすべき点は多々あるだろう。

なぜ成功できたか

「原因があるから、結果がある」からです。それを信じ、実行してきたからです。「結果」とは、決して運や縁だけでできたものではないのです。私から見れば「運が良かった」という言葉ほど残酷なものは無いと思います。なぜなら、運がなければ成功はできない、ということになるからです。

ジュリアナ東京はなぜ成功したか

ジュリアナ東京が成功したのは、ディスコの本質をつく戦略・戦術を徹底したからです。だから、私は成功に絶対の自信を持っていたのです。ディスコでも、他のビジネスでも同じです。本質を突かなければ、継続的な成功は絶対に望めません。これを私は「センターピン理論」と呼んでいます。
ある事業が成功するかどうか、それはボーリングに例えれば、ストライクを取ることだと私は思っています。ストライクを取るためには、センターピン、つまり一番真ん中のピンを外してはなりません。
(中略)
「いつも大勢の人がいて、毎日盛り上がっていること」すなわち「常に満員であること」これがディスコのセンターピンなのです。
センターピンを抑えたから、ジュリアナ東京は成功できた。大事なのは、本質をつかむことです。固定観念に惑わされてはいけないのです。月曜日でも、ディスコは満員にできるのです。

グッドウィルの急成長を支えたデータベース

グッドウィルのさらなる急成長を可能にしたのは、求人側のニーズと求職者側のニーズをうまくマッチングさせるシステムを作ったことでした。軽作業を請け負ったり、作業スタッフを現場に動員することは、昔ながらの「手配師」の仕事とあまり変わりありません。
しかし、コンピュータを使って180万人をデータベース化し、求人側と求職者側をマッチングさせ、さらにモーニングコールまで自動的にかかるようにするなど、情報システム技術を駆使すれば、全く違うビジネスになってくるのです。企業が欲しい人数をぴったり出す、何時に何人出す、というのは当たり前で、どういうスキルの人がほしいのか、どういう経験の人がほしいのか、さらにはどこに住んでいる人がほしいのかまで、データベースで抽出してマッチングさせる。
実はグッドウィルの事業は、人材業という名の仮面を被った情報システム産業なのです。そのシステムの高度さ、精緻な融合が勝負を決することに、私は早くに気づいたのです。

グッドウィル・グループ10訓

グッドウィルは以下の社訓を持っていた。

・お客様の立場に立て、究極の満足を与えよ
・夢と志を持ち、常にチャレンジせよ
・困難の先に栄光がある、逆光を乗り越えよ
・物事の本質を見抜け、雑音に動じるな
・原因があるから結果がある、公正に判断せよ
・積極果敢に攻めよ、守りは負けの始まりなり
・スピードは力なり、変化をチャンスと思え
・自信を持て、謙虚さと思いやりを持て
・笑顔とともに明るくあれ
・正しく無いことをするな、常に正しい方を選べ

後述するようにコムスンにも同じようなものがあり、そちらは毎朝唱和しているという。上の社訓が唱和されていたかは明記されてないが、おそらくこれも営業所でしていたのではないか。

グッドウィルの人材ビジネスは、言ってしまえば働く人がそれぞれの役割をしっかりとこなしていれば回るものだ。飲食店を当てたりアプリをヒットさせるのとはベクトルが違い、組織体を作り上げるビジネスといえる。

社訓の唱和などいかにも時代遅れな文化のように聞こえてしまうが、組織ビジネスにおいては、社員教育を徹底し会社のカラーを強め、文化に適合しない人間を寄せ付けないために、朝礼や社是がいかに有用であるかを物語っていると思う。

介護ビジネスのポイント「誰が行っても雰囲気がいい」状態を実現するために

折口氏はグッドウィルを成長させたあと、介護事業のコムスンを買収する。コムスンでは事業の「センターピン」はサービスの均質化にあると捉え、従業員教育を徹底した。

・いい雰囲気がヘルパー自身の中にあること
・周りにいい雰囲気の人がいたから
・なぜならいい社風があったから
・いい社風を作るには、企業としての理念をしっかり浸透させること

CMで喧伝されていた"コムスンの誓い"

コムスンの誓いは営業所で毎朝唱和されていた。

・私たちは、一人でも多くの高齢者の尊厳と自立を守り、お客様第一主義に徹します
・私たちは、明るい笑顔、愛する心、感謝の気持ちを大切にします
・私たちは、常にサービスマインドを心がけ、真心を込めて介護を行います
・私たちは、責任を持ってお客様のプライバシーを守ります

サービスの均質化というとマニュアルに頼りがちだが、本質的には従業員のマインドセットが共通化されていないといけない。いってみれば洗脳で、洗脳によってサービスレベルを上げた分、同じ人件費でもチャージできるプライスが大きくなる。

というとなんだか悪どく聞こえるかもしれないが、組織ビジネスの本質を捉えていると思う。

コムスンの成長率

2000年4月に7億円だったコムスンの売上は1年後の01年6月期には120億円と17倍にのぼった。02年149億円、03年231億円、04年350億円。05年当時月1000人以上のペースで顧客は増えていたという。

その成功要因として折口氏は ①もともと需要があった ②介護に対するイメージが良くなった ③介護保険によって介護が身近になった ことを挙げている。

企業が成功する3つの条件

冒頭に挙げた成功要因を分解し、①夢と志を持つこと ②技術と仕組みを持つこと ③執念と鉄の意志を持つこと を企業が成功するための3つの条件として提示している。

事業を推し進めている過程では、何度も苦しい時期を迎えることになります。しかし、そんなときに自分を励ましてくれるのが、自分の頭の中で描く夢と、それを現実化させる志なのです。ときには、夢はやはり夢だったのか、と失望することもあるかもしれません。しかし、そこであきらめてはなりません。あきらめたとたんに、それは逃げていきます。どんな苦境に立たされても、夢と志を持ち続けることが大切なのです。
それを継続するためには、毎日毎日、「必ず自分は夢を成し遂げるんだ」と念じることにつきます。そうすることで、潜在意識に深く植えつけられ、どんな場面に遭遇しても夢を描き続けることができるようになるのです。
新しいチャレンジに踏み出せない人、あるいは踏み出してもうまくいかない人と、夢を実現できる人の差はどこにあるのかといえば、私は「こうしたい」という欲望の強さだと思うのです。

具体的な目標を決める

「志」を具現化するために、明確なビジョンを示すことが大事です。グッドウィルがマンションの一室で始まった時から、「5年以内に株式公開する。10年で1000億円企業にする」と私は宣言していました。経営者は明確なビジョンを示さなければいけません。今年はこうする、我々の展望はこうなる、こういうことを経営者がしっかり示すことで、次いで役員が示し、管理職が示し、そして全社員が目標を共有できるのだと思うのです。
そして「志」を継続するためには、揺るぎないミッションを持つことです。トップ企業を目指そうと考えているわけですから、社会的使命感を強く持っていなければならない。これがなければ、どんなにいい会社でも、やがてはダメになると私は感じています。

これらの話を聞いてぴんと来る人も多いかもしれないが、これらは「思考は現実化する」で言われている話に近い。事実、折口氏はナポレオン・ヒルの著作に強い影響を受けたと語っている。

人の評価方法

私は人を見るときに、3つの大事な要素をチェックしています。「能力」「情熱」「考え方」の3つです。そして大切なのは、この3つは足し算ではなく、掛け算で見るべきだということです。

3分類のうち能力はわかりやすく、職務経歴書から読み取れる。情熱=やる気のことで、斜に構えた性格だったりネガティブなところがないか。これは仕事への思いを語ってもらうことである程度わかるという。

3つのうち「考え方」は面接で見抜くのが難しい。考え方が合わない人は、自分の発言権を増すために派閥を作ったり、部下の手柄を取ったりする。3つのうちどれか一つが0なら評価も0だが、能力・情熱が低い分については飛行機で言えば高度が低い/速度が遅いようなものなので目的地に着くことはできる。考え方が間違っているのは、目的地が違うのと一緒なので最も気をつけなければいけない。

事業のセンターピンを見抜くには

とにかく、いつも当事者意識を持つことです。たとえば自分が食事に行くとき、お客の立場になってはいけません。「この料理はまずいな、もうこない」「サービスが悪いな、もう来ない」。客の立場に立てば、これでおしまいです。
そうではなくて、その店の経営者やオーナーの立場に立って見るのです。自分がオーナーだったら、どんな料理を出そうか。照明はどうしようか。器はどんなものにしようか。味付けはどうしようか、サービスはどうしようか、と。店に入ったら自分がオーナー、経営者のつもりで見る。そうすれば、いろいろなことに気づきます。

折口氏の評価

消費者向けのエンタメ事業であるジュリアナ東京、toB向けのアウトソーシング事業、介護事業と複数の事業をヒットさせた折口氏の経営手腕は凄まじい。先に述べたように急拡大に伴いガバナンスの弱さがアキレス腱となったが、同じように組織文化を徹底させるビジネスをやればいくらでも事業を再現させられるだろう。

アプリビジネスで知名度を集めるもエクイティマネーを溶かして売上が立たないスタートアップも多い中、組織を作るビジネスの規模と再現性には習うべきところがあるだろう。

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