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「韓国 行き過ぎた資本主義」 書評・レビュー

本書はフリージャーナリストの金敬哲氏による、韓国経済の負の側面を取り上げたノンフィクションである。

少年時代は幼少期から受験勉強に明け暮れ良い大学に入ることを求められる受験地獄が待ち受ける。青年以降は良い会社に入っても出世競争・社内政治に巻き込まれる。こうして韓国の若者も中年も希望を失って、地獄のような環境で生きている、というのが趣旨である。

確かに通読して韓国経済は一強多弱で負け組が悲惨な生活を送っているかのような印象を受けた。ただ、受験勉強に明け暮れ就職後も日々仕事に耐え抜いているのは日本もさほど変わらないので、ことさら韓国がひどいのかは、他の文献なども参考にして相対化して考えたほうが良いかもしれない。

韓国人の80.8%が、「人生で成功するには、裕福な家に生まれることが重要だ」と考えており、さらに「韓国で高い地位に上っていくためには、腐敗するしかない」(66.2%)と答えている。

経済的にはタカ派だった金大中政権

金大中政権の「劇的療法」によって、3年8ヶ月後の2001年8月23日、韓国はIMFから借り入れた資金を早期に返済し、経済主権を取り戻した。しかし皮肉なことに、この過程で韓国社会の両極化と所得の不平等は、さらに深刻化したのである。特に、「苦痛の分担」という名のもとに施工された整理解雇制と労働者派遣制などの労働市場の柔軟化政策は、中産層の崩壊を招いた。
現在、韓国の就業者の20%以上、大手企業の労働者の約4割が非正規職であり、深刻な労働問題となっている。金大中政権の急激な新自由主義的経済改革により、韓国はIMF危機という「急病」は治療できたが、「重い後遺症と慢性疾患」を抱えることになった。それが、社会の二極化と、社会階層の定着化である。

参考までに日本は非正規割合が37.3%とのことで、数字上は韓国とさほど差がない。

韓国では公務員がなりたい職業No.1

たとえ非正規雇用者であっても、会社がさらに不景気になれば、いつリストラの対象にされるかもしれない。そのため、リストラの心配がない公務員になることが、韓国の子どもたちの最大の夢となっている。国の将来を担う子どもたちが、「将来は公務員になりたい」とは、どれほど熾烈な社会状況なのかを如実に物語っている。

ただし、これについては裏を取ってみるとそういったデータもあったが、警察官や教師が上位に来ているものもあり、データ元に疑問がある。

過酷な受験環境

自分の体重の1/3にもなるかばんを持って塾を転々とする小学生、入学と同時に大学受験の勉強を初めなければならない中学生、未明まで法律で禁じられている深夜授業を受ける高校生の姿は、大峙洞でよく見かける風景だ。しかし、この子どもたちの日常は、大峙洞という地域に限定されたものではない。過度な私教育に揺さぶられる韓国の青少年全体の姿でもある。

学区によって不動産価格までは大きく変わる

「建てられてから30年以上経つ古いマンションですが、テチョン中学(韓国随一の名門中学)への入学がほぼ確実という口コミのおかげで、このあたりでは一番の人気物件です。100平米クラスの部屋で契約金は7億ウォン台ですが、すぐに契約が成立します。(略)ここから1キロほど離れた新築のタワーマンションの場合、テチョン中学以外の学校に振り分けられるケースがあるせいで、契約金は5000万ウォンほど安くなります

一流スポーツ選手のような塾講師

一打(イルタ)講師」とは「No1スター講師」の略で、同じ科目の先生の中で最高の売上を誇る人気講師を指す。
数学の一打講師であるヒョン教授は、米国のスタンフォード大学で数学を専攻した秀才だ。2011年から大峙洞の学習塾で生徒を教え始め、教え子の中から数学で満点をとるものを100人以上輩出した。2018年、31歳の若さで江南に320億ウォン(約29億円)のビルを購入したことが話題になり、マスコミのスポットライトを浴びている。
一打講師の影響力は、学習塾街にとどまらない。本を書けばベストセラーになり、TVに出演すれば視聴率が跳ね上がる
一打講師は、韓国社会の最上層に位置するエリート中のエリートである。
「スター講師たちの年俸は完全な実績主義で、売上によって決まります。独占契約するイン講(インターネット講義)企業との契約金が年に10~15億ウォン。講義の売上は40%を彼らが持っていきます。大手予備校で行う現場講義料は50%が収入になります。他にも執筆したテキストの印税が10%、これらを合計した金額が年収です。塾業界では、彼らの年収は軽く100億ウォンを超えるだろうと言われています」

日本で言えば林修氏が同様の例だろうが、さすがにビルは買わないだろう。

金泳三時代の教育改革

韓国の教育改革の発端は金泳三政権下で行われた教育の民主化・開放化政策だという。

この金泳三政権の教育改革には、多様性と自律性が謳われていたが、その裏には教育政策にも競争原理に基づく新自由主義を導入しようとする意図があった。つまり、グローバル化時代に合わせて、学校や教師など「供給者」中心から、保護者や生徒など「消費者」中心の教育にチェンジし、「消費者」の選択する権利を尊重する方向に転換したのだ。(略)
グローバル化教育の一環として外国語教育が大幅に強化拡充され、小学校で英語の授業が正規科目となった。
大学の設立基準も緩和されたことから、大学が乱立するようになった。

推薦入試の形骸化

「勉強ができなくても1つだけ才能があれば大学進学ができるようにする」と訴え、修能(韓国の大学入試試験)の点数の他に、学生簿の点数や入賞実績、推薦書など、多様な方式で学生たちを選ぶようにする「大学入試制度改善案」も提示された。しかし、選考基準に対する指針がなかったため、大学側は学生の潜在能力より、成績や家庭環境で合格者を選ぶようになり、経済格差がそのまま教育格差に繋がるとして大きな問題になった。

諸政権も受験競争の激化を沈静化するよう対策を講じたが、何から何までうまくいかなかった。選考基準を変えたところでいち早く対策できるのは情報に敏い上位階級である。

文在寅政権のチョグク前法相は社会改革を唱える進歩派の学者だったが、その娘は高校時代に2週間医大の研究室にインターンをしただけで、論文の共著者の資格を得て大学入試をしていたという。

韓国版やりがい搾取の「情熱ペイ」

就活も大学入試同様、具体的な加点材料が重視されるのが特徴だ。大学生の間は、大手企業でのインターン経験などで箔をつけることが求められる。これを逆手に取って、学生を低賃金or無給で単純労働に従事させる企業も多い。

仕事を経験したい若者たちの「情熱」を利用して、低賃金や無給で働かせることから、「情熱ペイ」という流行語も誕生した。

出世競争のために整形

貧困というよりは企業内での競争のために中年男性が見た目の改善のために整形するというエピソードを紹介している。

「グルーミング族」が美容やファッションに惜しみなく投資する男たちを指す造語だとすれば、「グルダプター族」はグルーミングとアーリーアダプターを合成した言葉で、美容のためなら化粧品はもちろん、整形手術も躊躇わない男たちを指す造語だ。

(他の役員が自分より若々しく見えたことに恐怖を覚えた)キムさんは妻に勧められて整形外科を訪問し、目元の脂肪を除去する手術と、眉間と額のしわを取り除く施術を受けた。おかげで今は「40代に見える」とよく言われる。キムさんは、「私達のようなサラリーマンにとって、老けて見えるというのは、ポストを明け渡すときが来たことを意味します。今後は肌の手入れを怠らず、せっかく若々しくなった顔をできるだけ維持したいと思っています」

他にも就活のために明るい印象にする整形や、手術を伴わずシワやシミを改善する印象クリニックも男性向けに流行っているという。近頃日本でも男性向けの脱毛はかなり浸透しているが(ちなみに私も結構前にヒゲは脱毛していて、カミソリを当てなくて済むので肌に良い)、整形も10年後には当たり前になってるかもしれない。

IT化で取り残される老人たち

予約や決済などは日本より進んでいる部分もあり、この流れに高齢者が取り残されている。

オンライン予約が普及している韓国では、乗客で混み合うシーズンになると、若者たちが指定席に座り、予約できなかったお年寄りたちが立席に乗るという光景があたりまえになりつつある。

韓国の65歳以上割合は14%と、日本の28%よりはるかに低い。日本だとシルバーシート枠が増えそうな話だ。

キャッシュレス社会を迎え、最近急激に普及しているインターネット決済サービス「ペイ」の使用率も年令によるばらつきが大きい。20代と30代がそれぞれ50%を超えたのに対し、60代は4.1%、70代以上は1.7%にとどまった。

韓国でもトランプ的ポピュリズムの火種が・・

アメリカでもイギリスでも日本でも、中高年の保守化(ネット右翼化)が一定割合で進んでいるが、韓国も例外ではない。

シルバー層が最も見ているユーチューブコンテンツは、ダントツでニュースである。特に、保守的なニュースコンテンツが、高齢者層に愛されていて、今まさに全盛期を迎えている。イさんも、ユーチューブでニュースを見ている一人だ。
「私はテレビも見てないし、新聞も読まない。文在寅大統領になってから、フェイクニュースばかりじゃないか。私はKBS(韓国公営放送)の受信料拒否運動もしている。国民を欺くような番組を作って、どこが公営放送なんだ。国民の金(受信料)でアカ(左派芸能人)に数十億ウォンもの出演料を払っているじゃないか。」

どこかの国でも聞いたような話だ(笑)

自営業者の割合

韓国の勤労者全体のうち、自営業者が占める割合は2018年時点で25.1%で、OECD平均の15.3%より約10%も高く、米国(6.3%)の約4倍、日本(10.3%)の約2倍も高かった。2018年の統計が出ているOECD加盟国のうち、韓国より自営業者の占める割合が高い国はギリシャ、トルコ、メキシコ、チリの4カ国しかない。
一人あたりのGDPが低いほど自営業者の比率が高くなるのが一般的だが、一人あたりGDPが3万ドルを超える韓国で、なぜ、これほど自営業者の占める割合が高いのだろうか。
専門家は、硬直した労働市場にその原因があると分析する。労働市場が柔軟で再就職が容易にできる国に、自営業者は多くない。一方、労働市場の柔軟性が低く、一度仕事を辞めると再就職が難しい国は、自営業者の比率が高くなる。韓国は後者に近い構造だ。

まとめ

韓国経済にまつわるエピソードを紹介する本書だが、「日本もたいがい同じでは?」と思う部分もあり、実証的なデータが少なく感じてしまった。
韓国もいつか日本のようになるであろう部分(高齢化)、日本が韓国のようになるだろう部分(整形が流行る)があると思う。

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