女性専用車両制度は男性差別か

1 このノートの目的

私の女性専用車両に関する基本的な考え方については、既に連続tweetにてまとめている。
過去のまとめ連ツイ
ただ、こちらは、女性専用車両賛成派の中に、男性側の受ける権利制約を殊更に無視する論者がいたことに対し、危機感(女性専用車両への賛同が広がることが不当な形で妨げられるのではないかとの危機感)を覚え、かかる考えの誤りを暗に指摘することを主眼として、取り急ぎまとめたものである。そのため、女性専用車両が男性差別に当たらないかという点についての記述は、かなり薄いものになっている。

また、女性専用車両が男性差別に当たる(憲法上許されない)との意見を持つ小倉秀夫さんとのやりとりは、一旦こちらにまとめたが、このまとめの後もやりとりが続いた上、同氏がしばしば、相手のtweetを元々の趣旨に反する形で要約したり一部抜粋をした上でコメントする手法を取っているため、tweetを整理したとしても議論の把握は困難である。
小倉氏とぼんのやりとりまとめ

概ね以上の理由から、改めて、女性専用車両が男性差別に当たるかという問題について、私の考えをまとめることとする。そして、ポイントごとに、これまでの小倉さんとのやり取りを参考に、想定される反論を挙げ、更にその反論に対する再反論を記載する形を取る。

※議論をシンプルにするため、女性専用車両制度が法的拘束力を持つ場合を想定して検討します。そのため、任意の制度であることを、女性専用車両制度が許容される理由として取り上げることはしません。
※憲法の人権規定は公権力を拘束するものであるため、私企業が女性専用車両を設置する場合、憲法が直接適用されることにはなりません。ただし、議論をシンプルにするため、女性専用車両の設置について、憲法が直接適用される場面を想定して検討を行います。

2 差別か否かの判断枠組

【本論】
属性により区別した上で課す権利制約が合理的区別として許されるか、それとも差別として許されないかは、①目的の正当性(当該措置により保護する権利の重大さや、その権利を保護せねばならない切実さの程度)と②手段の相当性(目的と当該措置の関連性の程度や、当該措置により生じる権利制約等の程度)を、いずれも考慮した上で判断すべき。

各要素をどのように考慮して最終的な許否を決めるかという点も問題となるが、憲法学上も一致した結論が出ない問題であり、深くは踏み込まない。

ここでは、性別という自らの努力で変更できない属性による区別であることにも鑑みて、① 当該措置により保護する権利が重大であり、かつ、その権利を保護せねばならない高度の切実さがある上、②目的と当該措置の間に実質的な関連性があり、かつ、当該措置により生じる権利制約等の程度が小さい場合に、属性により区別した上で課す権利制約が合理的区別として許されると結論付けることとする。

※参考までに、同様の判断枠組を示すtweetをご紹介します。
判断枠組・参考ツイ

【反論】
結局、問題となっている犯罪による被害と、当該措置により生じる権利制約の程度を、ダイレクトに比較することになりやしないか。TX事件判決もそのような判断手法を取っているように見える。
この判断手法を前提とすれば、犯罪予防を理由とする様々な措置が、差別的なものも含めほぼ無限定に許容されてしまう。
判断枠組・反論参考ツイ①
判断枠組・反論参考ツイ②

【再反論】
本論で挙げた判断手法は、問題となっている犯罪による被害と、当該措置により生じる権利制約の程度を、ダイレクトに比較するものではないため、反論は前提からして誤り。

また、TX事件判決は、「ダイレクトに比較する手法」を取っているようにも見えるが、判断過程を端折っているようにも見える上、そもそも、一下級審判決に、憲法判断の手法を縛られるいわれは一切ない。

本論で挙げた判断手法によれば、事案に応じたより細やかな判断が可能であり、犯罪予防を理由とする措置がほぼ無限定に許容されることにはならない。
判断枠組・再反論参考ツイ①
判断枠組・再反論参考ツイ②

3 ①目的の正当性

【本論】
女性専用車両の目的は、利用女性の安全安心を守ることにあると考えられる。より具体的には、「痴漢被害から逃れるため」「痴漢の恐怖から逃れるため」「フラッシュバックから逃れるため」である。

痴漢被害の重さも然ることながら、混雑する電車内は特に、女性が被害者となる痴漢発生の頻度が高い。
また、痴漢被害の恐怖のみとっても、痴漢被害の重さやその頻度からすれば、その恐怖は現実的かつ深刻なものといえる。
痴漢被害を起因とするフラッシュバックについても、件数は限定的と思われるが、その影響は通常の電車利用自体を困難ならしめるものであり、深刻なものといえる。

以上のことから、女性専用車両制度は、「当該措置により保護する権利が重大であり、かつ、その権利を保護せねばならない高度の切実さがある」といえる。

【反論】
女性専用車両制度の目的は、男性一般を痴漢予備軍扱いすることで、男性を二級市民扱いすることではないか。そうだとすると、目的自体不当なものだ。

また、仮に、犯行から守るというような目的の設定ができてしまうのであれば、差別的な措置も含めほぼ無限定に目的の正当性が認められてしまうのではないか。
目的・反論参考ツイ①
目的・反論参考ツイ②

【再反論】
「より正当な目的」と「より不当な目的」が観念できる場合に、「より不当な目的」を前提に制度の是非を結論付けるのは、法律論として有り得ない。

また、措置の実態と合わない「より正当な目的」を設定したとしても、その後に控える②手段の相当性の審査を通らないこととなる(特に、無理な目的の設定をすれば、その分、目的と当該措置の関連性が認められ難くなる)。そのため、ほぼ無限定に「目的の正当性」が認められ得るとしても、何ら支障はない。
目的・再反論参考ツイ①
目的・再反論参考ツイ②

※URLを示したtweetでも引用していますが、参考までに、目的の設定の方法についてわかりやすく解説しているブログをご紹介します。
目的設定方法参考ブログ

4 ②手段の相当性その1 ~目的と措置の関連性

【本論】
女性専用車両制度は、上記3のとおりの目的(利用女性の安全安心を守るため)を果たすために、男性と女性とに区別した上、男性についてのみ一部車両の利用を禁じる措置を取るものである。

ここでは、第一に「男性」と「女性」とに区別することの合理性が、第二に「男性」を一括して措置の対象とすることの合理性が、まずもって問題となる。
第一の点であるが、女性が被害者となる性犯罪について、男性が加害者である割合は、女性が加害者である割合に比して圧倒的に多いといえる。このことから、「男性」と「女性」とに区別することは極めて合理的といえる。
第二の点であるが、可能であれば、「男性」のうち、痴漢を行う可能性がある者のみを措置の対象とすべきことは言うまでもない。しかし、痴漢を行う可能性がある者とそうでない者とを見分けることは現実的に不可能である。したがって、「男性」を一括して措置の対象とすることも、合理性があるといえる。

そして、「男性」の一部車両の利用を禁止すれば、当該車両内における痴漢の発生自体や、痴漢に対する恐怖、痴漢被害に起因するフラッシュバックを、ほぼ完全に防ぐことができる。

以上のことから、「目的と当該措置の間に実質的な関連性がある」と十分にいえる。

【反論】
女性専用車両は、痴漢をする可能性がない男性についても措置の対象とするところ、そのような男性が女性専用車両にいたとしても痴漢発生の可能性は上がらない。
そのため、かかる男性をも措置の対象とする女性専用車両制度は、目的と措置との間に関連性が認められない。

また、少数の男性が女性専用車両に入り込んだとしても、女性に取り囲まれた状況で痴漢に及ぶことは現実的でない。このことからも、女性専用車両制度は、目的と措置との間に関連性が認められない。

以上とは別の観点として、女性専用車両制度は、女性専用車両による庇護が必要でない女性に対しても女性専用車両の利用を認めている。このことから、目的と措置との間の関連性が否定されるのではないか。
関連性・反論参考ツイ①
関連性・反論参考ツイ②

【再反論】
女性専用車両は、痴漢をする可能性のある男性とそうでない男性との識別が現実的に不可能であることを前提に、男性一般を措置の対象とするものである。これに対し、「痴漢をする可能性のある男性とそうでない男性との識別は現実的に可能だ」という旨の反駁なしに、痴漢をする可能性がない男性が識別できることを前提に、そのような男性を措置の対象とすることの当否を論じたところで、何ら意味はなく、反論として成り立たない。

また、女性専用車両制度は、男性一般に対して一部車両の利用を禁止するものであるが、かかる措置の実益を検討する場合、比較すべきは、「当該措置がある場合」と「当該措置がない場合」、すなわち、「女性専用車両」と「一般車両」である。そうであるにもかかわらず、「女性専用車両」と「少数の男性が入り込んだ女性専用車両」との比較をしたところで、何ら意味はなく、反論として成り立たない。

なお、女性専用車両による庇護が必要でない女性に対しても女性専用車両の利用を認めている点についてであるが、女性専用車両による庇護が必要な女性とそうでない女性の識別は容易ではない上、そもそも、女性専用車両による庇護が必要でない女性が女性専用車両を利用していたとしても、それによって、女性専用車両による庇護が必要な女性による女性専用車両の利用が妨げられないのであれば、女性専用車両による庇護が必要でない女性も女性専用車両を利用できるという事情は、目的と当該措置との間の関連性を減じる要素とはならない。
関連性・再反論参考ツイ①
関連性・再反論参考ツイ②

5 手段の相当性その2 〜権利制約等の程度

【本論】
女性専用車両が設置されている場合、当該列車に乗って目的地へ向かおうとする男性は、列車全体のうちの一部である女性専用車両の利用はできないが、他の車両を利用することによって目的地へ到達することができる。
また、女性専用車両が設置されている場合、女性専用車両の利用者が比較的少ないと、一般車両の混雑率が若干上がることとなる。しかし、
混雑率の差に有意な差が生じ、かつ、これにより一般車両について通常の列車利用に支障をきたす状況が生じそうになれば、その状況が現実化する前に、多くの女性が女性専用車両を利用することが見込まれるため、結局、女性専用車両の存在によって、一般車両について通常の列車利用に支障をきたす状況が生じることは想定できない。
更に、女性専用車両がホームの出入口と最も近い車両である場合、女性専用車両が設置されていない場合には不要な移動を強いられることとなるが、その距離は長くとも20メートル程度であり、通常の列車利用の支障となるものではない。

このほか、女性専用車両が、女性の安全安心を守ることを目的として、男性一般を一括して措置の対象とすることから、男性に対して、「男性というだけで痴漢(痴漢予備軍)扱いされている」との屈辱感を抱かせることも有り得る。
しかし、女性専用車両制度は、男性一般を痴漢(痴漢予備軍)扱いしているがために男性一般を措置の対象としているわけではない。前記4のとおり、痴漢(痴漢予備軍)と、そうでない者との識別が現実的に不可能であるがために男性一般を措置の対象としているにすぎない。そのため、「男性というだけで痴漢(痴漢予備軍)扱いされている」と考えるのは、女性専用車両制度に対する曲解に基づく、言わば被害妄想にすぎない。したがって、かかる屈辱感を抱かせる可能性を重視することは妥当でない。

以上のとおり、女性専用車両制度により生じる権利制約の程度は軽微であり、これにより生じ得る屈辱感も重視すべきものではない。したがって、「当該措置により生じる権利制約等の程度が小さい」といえる。

【反論】
実利的なデメリットが僅かであっても、男性というだけで痴漢(痴漢予備軍)扱いされて一定の公的スペースから排除される屈辱感は重いものであるし、実際に、男性一般を痴漢(痴漢予備軍)扱いする言説や、女性専用車両制度に反対するだけで痴漢と親和性があるなどという言説が蔓延っている。

また、実利的なデメリットが小さいことを理由に、一定の属性を有する集団を区別して取り扱うことが許容されるのだとすると、実利的なデメリットを生じさせない形での差別的取扱いが広く許容されることになるのではないか。
例えば、ローザ・パークスの行動も、差別ではなく合理的区別に抵抗したに過ぎない、ということにならないか。
権利制約程度・反論参考ツイ①
権利制約程度・反論参考ツイ②
権利制約程度・反論参考ツイ③

【再反論】
本論でも述べたとおり、女性専用車両制度は、男性一般を痴漢(痴漢予備軍)扱いしているわけではなく、痴漢(痴漢予備軍)とそうでない者との識別が現実的に不可能であることを前提にしているに過ぎない。そのため、女性専用車両制度が「男性一般を痴漢(痴漢予備軍)扱いしている」制度だとの前提に基づく反論はそもそも成り立たない。
「男性一般を痴漢(痴漢予備軍)扱いする言説」や、「女性専用車両制度に反対するだけで痴漢と親和性があるなどという言説」が蔓延っているとしても同様であり、単にこれらの言説が誤っているにすぎないのであるから、かかる誤った言説により屈辱感が生じるとしても、その屈辱感を女性専用車両制度に帰責することはできない。

また、実利的なデメリットが小さいことのみを理由に、一定の属性を有する集団を区別して取り扱うことが許容されることには当然ならない。かかる取扱いが許容されるためには、権利制度等の程度のほかにも、目的の正当性や目的と手段の関連性について審査を通らねばならない。
ローザ・パークスの事例も「目的の正当性」あるいは「目的と措置の関連性」の点で、明らかに女性専用車両制度とは異なるものであるため、権利制約等の程度のみに着目して女性専用車両制度と比較したところで意味はない。

権利制約程度・再反論参考ツイ①
権利制約程度・再反論参考ツイ②
権利制約程度・再反論参考ツイ③

6 結論

以上のとおり、女性専用車両制度は、① 当該措置により保護する権利が重大であり、かつ、その権利を保護せねばならない高度の切実さがある上、②目的と当該措置の間に実質的な関連性があり、かつ、当該措置により生じる権利制約等の程度が小さい。
よって、女性専用車両制度は、合理的区別として許容されるものである。

7 女性専用車両制度の是非

このノートでこれまで論じたのは、女性専用車両制度が男性差別に当たらず、合理的区別として憲法上許容されるという点である。
憲法上許容されるか否かという問題と、制度の是非は、別の問題である。稀に、この点を混同される方がいるようなので、注意されたい。

そして、制度の是非の判断に当たって検討すべき内容は、憲法上許容されるか否かの判断に当たって検討した内容と重なる部分が多いものの、そこでは検討されなかった点や重視されなかった点も重要となることがある。
その典型として、多くの賛同を得られるかどうか、という点が挙げられる。とりわけ、権利制約の対象となる男性一般の理解が相当程度得られるかがポイントとなると思われる。
このような観点からは、「女性専用車両制度は男性一般を痴漢(痴漢予備軍)扱いするものだ」との勘違いから生じる反発も、意味を持つこととなる。
そのため、私と同様、女性専用車両制度の維持推進や安定的運用を是とする方には、「女性専用車両制度は男性一般を痴漢(痴漢予備軍)扱いするものだ」との勘違いが生じるような言説は避けていただけると有難い。仮に自身がそのような勘違いをしているのであれば、認識を改めていただきたい。
※ちなみに、「男性一般が痴漢・痴漢予備軍なのだ」とお考えになる方がいる場合、そのお考え自体に対して、認識を改めていただきたいと言うつもりはありません。ただ、女性専用車両制度がそのような前提に立つものではない、という点は理解いただけると有難いと思っています。

蛇足となるが、この点に関連して、女性の味方の立場で発言することがビジネスの一部になっている方々の言辞が、個人的には気がかりである。
勿論全体からすれば一部だと思うが、正義(この場合は女性の権利の擁護)を志向する体裁で、その実、正義(女性の権利の擁護)の実現ではなくビジネス機会の取得を主目的として意見発信している方がいるように思える。そういった方の発言は、一部の方には耳触りが良く、共感を得やすいのであるが、必要以上に反対側当事者の反発や分断を招くことが往々にしてあるため、結果的には、正義(女性の権利の擁護)の実現が遠のくことになると危惧される。
ビジネス機会の取得のためにどのような発言をしようと自由であるが、正義(女性の権利の擁護)を志向する体裁を取っていることにより、支持層に対する浸透力が高く、その分、その発言の結果が招く悪影響、すなわち正義(女性の権利の擁護)の実現が遠のく度合も大きくなるように思える。そのため、かかる発言に対しては、より積極的に批判の目を向けることが必要ではないかと考えている。

以上(H30.4.5)

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