青春の童貞合宿免許(二) 「童貞はロフトにロックグラスをキープする」

(1579文字)

 松竹芸能の養成所を「卒業」してからぼくは、スーパーとホームセンターのバイトも辞め、今で言うところのニートのような生活を送っていた。親からの仕送りを頼りに、就職先を探すわけでもなく、ただただボンクラとして日々をやり過ごしていた。
「シャブ中かと思ったよ」
 肩を落とし、俯きながら街を歩いているぼくを見て、たまたま通りがかった元バイト先のスーパーの店長が声をかけてきたこともあった。
 近所の御伊勢塚公園の桜が散り、五月になった。そろそろぼくの二十一回目の誕生日がやってくる。
(とうとう二十歳でもセックスはできなかったか……)
 将来どころか明日への希望さえ見失いながらも、頭の片隅にはいつまで経っても童貞を失えないことへの焦りがよぎった。
 一年前の誕生日、ぼくはヤラずに二十歳、所謂“ヤラハタ”を迎えた。同時に、彼女いない歴のカウントもまたひとつ増えた。

 小学生の頃から官能小説を読み、『トゥナイト2』で山本晋也カントクの風俗レポートを見るのを欠かさず、高校生の頃にはレンタルAVを片っ端からダビングして同級生たちに自慢していた。性、というかエロに関する知識は同級生の誰よりも持っていると自負していたが、所詮は机上の空論。クラスで人気を博していたぼくのエロ噺は、高校生になってからは同級生がぽつりと呟いた「昨日、女子校の二つ上の先輩とヤッたよ」という一言の前では尻尾を巻いて退散するしかなかった。
 一人暮らしを始めてからも養成所の同期生とはまったくといっていいほど交流がなかったので、合コンの誘いがあるわけもなく、女っ気のない日々は続いた。ただ、一度だけ、バイト先であるホームセンターの同僚で、歳がひとつ下の歩ちゃんとデートをしたことがある。
 歩ちゃんは顔がタイプだったわけでも性格に惚れたわけでもなかったが、バイトのユニフォームを着ていても隠しきれない胸の膨らみに惹かれた。
 勇気を振り絞って歩ちゃんを映画に誘ったのは、松竹芸能養成所の卒業オーディションが間近に迫っていた二月のある日。歩ちゃんは、待ち合わせ場所である最寄り駅の東上線霞ヶ関駅にぼくより少し遅れてやって来た。
 二人並んでふじみ野の映画館まで向かう道中、ぼくはジーンズの中で太ももを冷たい液体がつたっている感覚を覚えた。
 カウパーが漏れていたのだ。

 その日見た映画は、ぼくチョイスによる『戦場のピアニスト』だった。スクリーンの中ではユダヤ人ピアニストが瓦礫の中でナチスの捜索から必死に逃げ続けているようだったが、ぼく視線は片隅に見える歩ちゃんのニット越しの胸の膨らみに釘付けだった。そして頭の中は、ジーンズに付いた染みを歩ちゃんに気づかれないか、それだけだった。
 感動のエンディングで映画は終わった。と思う。映画館を出ると外はすでに薄暗く、ぼくは「ふじみ野は知っているお店もないので、お互いの自宅最寄り駅の霞ヶ関に戻ってご飯を食べよう」と提案した。
 歩ちゃんは何の感情もないような表情で頷くと、「電車に乗る前にトイレ行ってくるね」と言って小走りで駅内のトイレに向かって行った。それっきり、待てども待てども彼女は姿を現さなかった。
 携帯に電話しても知らない女が「おかけの電話番号は現在使われていないか、電波の届かない場所に……」と繰り返すだけだった。

「いやんいやん、ああーん!!」
 歩ちゃんに振られてから三月ほど経った。人生に背を向けてアパートのロフトで春眠を貪っていたある日、壁越しに激しい喘ぎ声とパイプベッドがギシギシと揺れる振動が伝わってきた。
 隣の部屋に住んでいる女子大生がまた男を引っ張り込んでいるらしい。どうやら始まってそれほど時間が経っていないようだ。ぼくは布団の傍にキープしているロックグラスを左手に、息子を右手に持ち、耳をそばだてながら壁越しの3Pを始めた。
 三人の中でいちばん早く果てたのはぼくだった。

(続く)

青春の童貞合宿免許(一)「童貞に届いた松竹芸能からの卒業通知」


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