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一生たった1人だけを愛することなんて

「うしなった人間に対して1ミリの後悔もないということが、ありうるだろうか」
『1ミリの後悔もない、はずがない』一木けい著


ずっと疑問に思っていることがある。
生涯を通じて1人の人だけを愛することなんて、可能なのだろうか?
浮気や不倫の話は絶える事がなく、もう一夫一妻制が人間には適していない気さえしてくる。

まあ上記は極端な例だが、どんなにラブラブなカップルでも夫婦でも、心のどこかに忘れられない人やパートナーとは別にあたたかい感情を抱く人がいるのが普通ではないだろうか。

『1ミリ後悔もない、はずがない』
あまり小説を読む習慣はないが、一木けいさん著の本作は「椎名林檎女史絶賛」の帯の文字で惹かれたミーハーである。
“情景が目に浮かんでくる”という褒め言葉はよく目にするが、情景だけでなくまるで脳みそごと過去に引き戻すような文章だった。

「最初の席替えで、わたしたちはとなりの席になった。番号の書かれた紙を手に机を移動すると、そこに桐原がいたので耳が熱くなったことを憶えている。」
「桐原に属するものすべてがまったくの異物で、艶めいて感じられた。」
「彼の身体とわたしの持ち物が触れている面を目にするだけで胸が高鳴った。」


教室のザワザワと机が床に擦れる音、良くも悪くも閉鎖的な学校の空気、好きな人の神聖さ、毎日の幸福度を左右するくじ引きの席替え、椅子を引く音と話し声、なぜか好きな人とうまく近付けない修学旅行。

ずっと忘れていたこと、思い出さなくても良いようなこと、学生時代に好きだった人、それらが鮮明に蘇って来て、グッ、と過去に引き戻される感覚。
そうだなあ、思い返せば青すぎて笑えるが、あの頃は子供なりの本気だった。

作中でも何かの折にふと、かつての情景を思い出して場面が転換する。
大人として生きている登場人物たちが学生時代に引き戻される。

しかし、この物語は胸キュン青春ストーリーなどではない。
一言で表すならば、私は”思慕”ではないかと思う。

生きていれば、誰かをうしなうという経験は必ずある。
“うしなう”というのは恋愛の終わりや死別、卒業、引っ越しなど様々な形として訪れる。
その時、1ミリの後悔もないことなど、あるのだろうか。

そう尋ねた桐原の意図や過去は分からない。
しかし言えなかった気持ちは、ずっと心のどこかにしこりのように残るのだ。

由井はイカのなかからすっぽり魚を抜いて捨てたように、想いもきちんと捨てて今の幸せを選んだ。
手紙も星も、残していないのだろう。

それが切なくもあるが、私は由井や泉さんのように、過去ではなく今を選択する決断ができる強さに憧れる。
責任を持って決断ができることが理想の大人だと思っている。

さて、文頭の問いに戻る。
生涯を通じて1人の人だけを愛することなんて、可能なのだろうか?
私はずっと1人だけを愛する、ディズニーの「live happily ever after.」で終わるようなトゥルーラブにも憧れるが、愛する人なんて多い方が幸せだとも思う。

心ではどう思っていたって他人には覗けない。
大切な人を大切にするという選択ができる理性を持つのが人間なのだから。

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