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『Chime』『復讐の泥沼』『ソウルの春』など(ネタバレあり)240826-0901

クレイグ・ギレスピー『ダム・マネー ウォール街を狙え!』
キャラクターをそこまで深掘りしていないのに感情移入度は高いという不思議な一作。ひろーーーいお屋敷を駆けずり回る富豪の様子とか、召喚されてからせこーーーーい対策をする富豪の様子とか、富豪まわりの言動がいちいち面白い。
金持ちからすれば「はした金」で一喜一憂する貧者の様子、スマホの小さな画面に人生を賭けている貧者の描かれ方がまた滑稽で、ただ単に民衆の反逆を描く……だけではないように感じた。
主人公がゲームストップの株を持ち続けたのは「好き」だからで、富豪への反抗が「金」ではなく「好き」なのがいい。
でもきっと、「好き」を突き詰めた人が結局資本主義の上位に行く気はする。「ローリング・キティ」も最終的に資産はたんまりあるわけだし。

野田サトル『ドッグスレッド』1-3巻
オリンピックレベルのフィギュアスケーターがアイスホッケーに挑む、ってプロットだけでワクワクするが、やっぱり著者の本領である土着的な要素とユーモアのセンスが光る。平成終盤にそぐわない超体育会系な育成方法も、絶妙なバランスで笑いに昇華している、しかも批判がこないであろう納得感のあるものに。かなり面白いです。

くわがきあゆ『復讐の泥沼』
真の絶望を見たい人間と、どんな相手でも絶望に陥れてしまう人間の攻防が描かれる。面白かった……が、設定も展開も秀逸なのに地の文が追い付いていない気がした。つまり全体的にわかり辛い。
どうしてもっと早い段階でサイコvsサイコを盛り上げないのかな……と思いながら読み進めると、終盤の種明かしで納得した。徐々にサイコ度合いを上げていってからのネタバラシが効果的な作品なのだ。
ここまでサイコな思考の人物だと、母親にこだわろうとそうでなかろうとあまり関係ないというか、「そんな母親のこと好きなの!?」と読者に突っ込ませない、いい意味での強引さ、エンタメ性を感じた。

鍋倉夫『路傍のフジイ』3巻
しみじみいい作品で、今回石川さんが最後に思うことが、作品の魅力を端的に表している。
フジイを見ていると人間そのものを好きになれる
人を信じる強さが欲しくなる

黒沢清『Chime』
45分の中編だが、黒沢清要素がてんこ盛りの実験映画でとても楽しめた。
まず料理教室という設定が素晴らしい。美容室なんかもそうだが、刃物が何本も、合法的かつ日常的に配置されている場所は怖い。
原因不明の連鎖が魅力的。Chimeが波紋のように鳴り響き、主人公を巡る人だけではない一般市民にも波及している様子がいい。包丁で刺すタイミングもずらしていてこれまた黒沢映画らしい。
空き缶の音がこんなに不穏に、いらだちを持って聞こえてくることもない。
刑事は渡辺いっけい…?そうだったらいいなぁと思いながら見て、顔のアップで渡辺いっけいとわかり、あの蛇のような刑事っぷり、安定感に100点!

キム・ソンス『ソウルの春』
韓国で爆発的ヒットした作品。面白かった。
『1987 ある闘いの真実』『KCIA 南山の部長たち』『タクシー運転手 約束は海を超えて』など同時期の韓国を題材にした作品を観てもわかる通り、韓国は自国の歴史的恥部を真剣に見つめ、反省し、それを映画作品に昇華させ、国民がこぞって見に来る。その国民性に私は希望があると思う。
『ソウルの春』は絶妙な一作。客観的に見れば失敗するであろうクーデターがなぜ成就してしまったのか。
双方ちょっとずつ間抜けなのがめちゃくちゃリアルで、完全トップダウンの指揮系統が起こす不能状態を見ていると他人事ではない。
韓国映画は、一対一で向き合うあの構図が本当にうまくて(近年で最も良かった向き合い構図は『工作 黒金星と呼ばれた男』)、今作もラストでそれが活きていた。


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