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社畜が骨折したら、引きこもりになった件。⑦

まず始めに。
前回の”痛い話”の直後から翌日ぐらいまでの話になります。叫び声が多少聞こえてきますが、翌日以降の言動の主な原因なので避けることができません。大変申し訳ありませんが、”痛い話”が苦手な方は”肩を骨折したことで着られる服がなくなったこと。実店舗で慌てて購入するも使えるものが少なかった”とだけ覚えてから、次話へ飛んでください。

忠告しましたからね? 
先に進んでから心を痛めないでくださいね。


最後の通告になりますが、大丈夫ですか?
では、とある姿で立ちすくむ私を見た母の行動から、どうぞご覧ください。


母と私は、互いを見て、そらし、見て、そらした。
介護認定を受けている父と違い、母は日常生活に問題はなかった。だけど、仕事のプレッシャーに押しつぶされ燃え尽き症候群を患っていた。自分から何かをするのはもちろん、誰かに何かを頼まれても、本当にできるかできないかを確かめる前から「私はなにもできないからやらない」の一点張りで、外出させるのも一苦労だった。

その母が「ちょっと待ってて」と口にすると、私の反応を確認する前に、足早に脱衣所を出ていった。戻ってきたときは、スマホを片手に誰かと話していた。母曰く、電話の先は同じ市内に住む兄で、明日の朝一で、私の服を買う付き添いをしてくれないかというものだった。

ありがたい。
約束を取りつけた直後、再開した着替えを振りかえると、本当にありがたい、としかいえなかった。
母は、「最悪、○○(私の本名)が何も着られなかったとしても、代わりに△△(兄の本名)に買ってこさせるから、着替え、頑張ってみて」と、普段の無気力さから一転、やる気に満ちあふれた目で、私を促した。

その結果、私は忘れていた時間を取り戻すことに成功した。
着替える前に、凝り固まった腕周辺をさすって緊張をほぐす。疲れた気持ちを整えるため、椅子に腰掛け深呼吸を繰り返した。その姿勢のまま、不自由のない足を持ち上げ、母がショーツとスラックスを履かせてくれた。ここまで痛みはない。あるのは母に対する申し訳なさと、何もできない自分への苛立ちだけだった。

しかし、上肢は違った。あらかじめ探しておいた余裕のあるシャツはもちろん、オーバーサイズ気味の母のブラウスでさえ激痛を呼び起こした。触れてやわらかいと感じた布地さえ、肌を滑るだけでピリピリとすることに恐怖を覚える。
それでも、外に出ないという選択肢はない。たとえ救急搬送されたとしても結果は同じ。どう足掻いても避けられない痛みなら、長引かせるより一気に行った方がマシとばかりに、冷や汗と血の気が引いていく音をBGMにして着替えるしかなかった。

翌朝。開店したばかりのしまむらに、兄と私はいた。
しまむらは車で10分近い場所にある。でも、車に乗ることさえ、今の私には試練になる。まず、普段であれば手すりにつかまりながら座席につくのだができずに、兄に後ろから補助をお願いした。次に、シートベルトのベルトを出すことができても、カチャリと器具で締めることができずに、こちらも兄にお願いした。

それでも気持ちは萎えなかった。どちらかというと、ここまで努力したのだから買わないなんて勿体ないぐらい反発していた。ただ、目的の服を探し当てるのに時間がかかった。好みではなく、実用性で服を選ぶことがこんなにも難しいことなのだと、初めて知った。しまむらの宝探し的な配置にも多少問題はあるが、”前開き”もしくは”ファスナー式”の服が全体の1割にも満たない現実は、私を非常に落胆させたのだった。

着替えが怖い。
一着着るのに10分以上かかるため、購入した服の試着はしなかった。でも、この中から一着は着なければならない。後日、新しい服の着替えを繰り返すことで、伸縮性のあるなし、首回りが短かい、肩幅が狭い、袖のあるなし、身体にフィットした形など、ありとあらゆるものが痛みをもたらすらしいという結論に至るのだが、現時点では、できるかできないかではなく、しなければならないのだから、するしかなかった。

購入した服のタグは先に取ってもらい、自室のベッドに並べてあった。
太めのケーブル編みのカーディガン、薄手のニットに刺繍があるカーディガン、厚みのあるグレーのシャツ、ギンガムチェック柄でチュニック丈のシャツ、ブラパット付きのニットシャツの5着。枚数はあるように見えるが、肌の上に直接着るのにカーディガンは着られないし、ブラが着けられないから薄くて透ける可能性があるものはもちろん、厚くても擦れそうなシャツは着られないから、選択肢はひとつしかなかった。

ブラパット付きのニットシャツは、伸縮性はそれほどないが、全体的に大きめに作られていて、ボタンがホックで留めやすい。左腕に走る激痛は、初診でお世話になった理学療法士の言葉を思い出すことで、どうにか堪えることができ、光明が見えた。

「着るときは麻痺や痛みがある手から入れて、脱ぐときは逆の腕から脱ぐこと」

難しいことではない。私の場合は左から入れて、右から脱ぐ、それだけだ。だけど効果は劇的に良かった。前回の地獄の様相と違って、多少の鋭い痛みと、自分の不甲斐なさへのため息をこぼす程度で終わった。なぜなら、あの言葉は、”サービス介助士試験”で習ったことだったと、今更ながらに思い出したからだ。その日は疲労困憊で難しかったが、気持ちが落ち着いたらテキストを読み直してみようと、私は心に決めたのだった。

次回に続く。
・・・と言いたいところですが、多少の鋭い痛みがどれぐらいの痛みなのかは人それぞれ、千差万別です。無理な人は無理なので、どうしてもダメな場合はガウンやケープで凌ぎ、次回で紹介するような服を待ってから着替えるようにお願いします。それでも辛いという方は、相当重傷です。強引に動かして症状を悪化させる前に、他に原因がないか病院で再検査することをお薦めします。



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