見出し画像

カートゥンガール3

「あっ、こんにちは……」
壁に空いた穴越しに挨拶。
「あっ、チャッス、どもッス――」
それが隣人さんの最期の言葉だった。
吹っ飛ばされたベン・ショウの下敷きになって、隣人さんは死んだ。

「ねぇ、オネット……」
「なに、コートニー?」
「お隣さんも、その、死んじゃったし、配信とかそういうの止めておいた方が……」
「なに言ってんのさコートニー。だからこそだよ、だからこそ価値があるんじゃないか。レベルを上げるためには挑戦してみなきゃだめなんだよ。ほら、日本のド偉い哲学者だってこう言ってる『大いなる力には大いなる責任がともなう』って」
「ホントに言ってた?」
「……いや言ってないかも知れないけど、きっと言ってるさ」
「どっちにしても、私ね、こんな配信を続けて、オネットには炎上してほしくないの。だから、お願い」
「コートニー……」しばらく彼女の瞳を見つめてた「僕のことを、そんなに大切に思ってくれてるなんて、キミって本当に……」
「オネット……」
「コートニー……」
気付けば、彼女の両肩を掴んでた。
それから思わず顔を寄せてた。
コートニーが目を瞑り、僕も目を瞑って――。

「やめろっつってんだろ!」
ゴジラみたいなベン・ショウの怒号。
口から熱線とか炎とか出てきそうなくらいの大音声で――。

――っていうか実際に出てたわ。
必殺技みたいな青い光線が、ベン・ショウの口から放たれたわ。
僕ら目がけて真っすぐですわ。
でも速度は遅い。
カメが歩くようなスピードの光線が、じわじわと向かってくる。
それがあまりにも遅いから、僕はつい気を遣ってしまった。

「やぁあぁぁぁめぇぇぇローゥ……」
と僕は声を低くして、まるでスローモーションの最中みたいに振る舞う。
あえてスピードの遅い光線を放って僕に気を遣わせるという奴の策に、僕は見事にハマってしまった。
「オネット! 早く避けて!」
危険を察知して離れたコートニーがそう叫んでる。
でも、どうしようもない。
僕は気を遣う。実用性のない必殺技ほど可哀想な存在なんて、ほかにない。
未来のベン・ショウは、僕が思っていた以上に、賢かった。
「オネット!」
コートニーが叫んでる。
あぁ、僕は死ぬ。
死ぬ。死んでしまう。
どうせなら、カッコイイ台詞を残して死のうと思った。

「フリーダァァァァム!」

眩しい光が広がった。


「あれ?」
気を遣うのを止めると同時に目を開ける。
眼前には、宇宙服を着た未来のコートニーの背中。
それから足と手。
でも……首から上はなかった。

倒れ込んだ彼女の体の向こう側で、驚いた表情のベン・ショウがいた。
「えっ? もしかして、倒せた?」
「もしかして、未来の私、死んだ?」
「み、み、み、み」僕はなんとか言葉を捻りだした「み、未来のキミだから、過去のキミが死んだわけじゃないから、別になんも、変わんない。うん、大丈夫、ダイジョウブ」
未来のコートニーは、死んでいた。
そのうちに彼女の体は光に包まれて、手のひらサイズのラヴだけを残して消えた。
「ウッシャア!」ベン・ショウの勝利の雄叫びだった「これで邪魔者なし。あとはどっちかを殺せばいいだけだ。さぁて、どーちーらーにーしーよーうーかーなーっと」
そこでじわじわと、罪悪感が募り出した。
敵の必殺技に気を遣ってしまった優しさが裏目に出た。
いっつもそうだ。
電車でお年寄りに席を譲れば『大丈夫です』って返される。
交差点で車に道を譲れば、その瞬間に逆方向へと曲がり出す。
実用性のない必殺技に同情すれば、未来の恋人が死ぬ。
「決めた、両方にするか!」
ベン・ショウが突進してくる。
「オネット! きいて!」
コートニーが、なんか言い出す。
「こんな形でわたしたち終わり? ねぇ、キミが誘ったデートでしょ? それに、自分で言うのもなんだけど、私って運命の相手だったんでしょ!」
「運命……?」
「そう! 運命だって!」
「誰が、言ってたの?」
「誰がって、オネッ……違う。どこかの偉い、有名な哲学者とかがそう言ってたの!」
マジ?
「どこかってどこ」
「えぇ……ほら、インドとかの人。あのスティーブジョブズもその人に影響受けたっていう――」
ガチで?
「ベートーヴェンも運命って曲書いてたでしょ? その曲の元ネタになった人が、そのインドの人!」
――それはヤバい。説得力がヤバい。
「死ね! オネット!」
ベン・ショウが拳を振りかざす。
飛んでくるのは純粋無垢な右ストレート。
僕はそれを、右腕でガードする。
「なっ!?」
「僕にも、カッコつけさせろやァ……」
コートニーのおかげで、説得力ゲージは満タンだった。
「反応反射、音速光速……愛のない攻撃はゴミ」
「はぁっ?」
「これがマジの、愛を存分に込めた右ストレート」
ベン・ショウの顎に。
「せーので一気に、ぶっ」
僕の拳が。
「パナせオラ!」
炸裂した――。


この一撃で終わり。
そのはずだ。そのはずなんだ。
なのにどうしておれは、誇り高きこのベン・ショウさまは迷っている?
それに、どうしてこんな疑問が頭に浮かぶ?
『なぜおれは、オネットを殺そうとしているのか?』と。

確かにこいつは、コートニー・グラースなんて下品な女とキスした。
そのせいで世界中からラヴが吸い取られることになり、人々をラヴで餓えさせ、やがては人類を滅亡させた。
おれたち『ラバーズ』の宿命は、使命は、それらを未然に防ぐというそれだけのこと。
それを果たし、おれは英雄になれる。
未来のコートニー・グラースを殺し、あとは過去のオネットを殺せばいい。
その瞬間がやっと来た。
栄誉国民となり、大統領から直筆の手紙もくる。
ティモシー・シャラメみたいなイカした恋人も出来て。
慈善団体に一億ドルくらい寄付したりして。
『長生きしろよババァ』って照れ隠しついでに言いながらお年寄りに席を譲って。
居場所のない若者を全員、おれの養子にして。
そうしてみんなはラヴを取り戻し、おれに感謝してくれる。
そうなれば誰もおれを怒ったりしない。誰もおれを傷つけない。
そのはずだ。
そのはずなのに、この後ろめたさはなんだ?
一体なんなんだ?

クソ、ちくしょう……。
あぁ分かってるさ。
言われなくても分かってる。
おれには分かってたんだ。
大いなる理想の夢には大いなる現実の犠牲が伴う。
こいつは、オネットは少なくとも一晩、おれを愛してくれた。
そうだ。
おれは、それを犠牲になんてできないんだ。


YOU WIN【SCORE 8740】

勝った。僕の勝ちだった。
未来から来たベン・ショウは仰向けのまま、ひっくり返されたセミの死体みたいに動かなくなった。
「オネット、大丈夫?」
「ありがとう、コートニー。キミのおかげだよ」
「ケガは? なんともないの?」
「うん、未来のキミが死んで、僕を庇ってくれたおかげでピンピンだよ」
「相変わらず空気、読めないんだね」
「勝てたからいいんだよ」
「でも、どうしてアナタ、勝てたの?」
「彼が僕を殴る直前、一人称をこっそり譲ったんだ」
「一人称を、譲った?」
「そう、語り手を僕から彼に。それで彼に自分の想いを吐き出すだけの時間を作らせて、悩ませまくった。それで不毛な自問自答を繰り返させて、彼を弱体化させたんだ。わかる?」
「えぇ、うん……なんとなくわかる……かな」
コートニーが可愛らしく頭をひねって見せた、その時だった。

「俺は……乳首を責めるのが得意だ」
ベン・ショウの声がして、僕らは即座に振りむく。
僕は慌てて戦闘態勢に入る。
「待って、オネット」コートニーが言う「見て。もう彼のHPは尽きてる」
「でも、もし彼がコンティニューしたら?」
「コンティニューできるほどのラヴは、もう持ってないみたいだけど――」
「でもそこに、未来のキミが残していったラヴが一つあるし――」
そこでベン・ショウは痛快そうな笑い声を響かせた。
「んなことしねぇよ……ったく、お前と言う奴はポジティブなんだかネガティブなんだか、まぁそこが好きなんだけどよ、性的にもな」
ベン・ショウはゆっくりと立ち上がり、それから不意に、幸せそうにほくそ笑んだ。
「けっ、おれの気は晴れた。晴れちまったんだ。なんだか今じゃあもう、お前らの誓いの言葉に立ち会う牧師にでもなってやりたいところだぜ」

未来のベン・ショウの体が温かい光に包まれてく。
なんだか苦し紛れにセリフを吐き出す感じが遺言っぽく思えて、僕らは空気を読んでただ耳を澄ましてた。

「最後の頼みだ、オネット。乳首を責めるのが得意だなんてウソを吐いてた過去のおれに、お前にとっては現在のおれに、一言だけでいい。友達でいようって、それだけ言ってやってくれ。そうしたらおれは――」
「おれは?」
そこまで言って、未来のベン・ショウはラヴになって消えた。
「ねぇ、コートニー」
「まさか、キスしようとか言わないでよね」
見透かされてた。
「だって僕ら、これでハッピーエンドだよ? 意味深に登場して派手に死んでった未来のキミも、未来のベン・ショウも邪魔しない。これでやっとキスできるんだよ」
「……私は、アナタが好きだよ。運命を感じたのはオネットだけじゃない。私だっておんなじ。でもね、まだハッピーエンドなんて思えないし、キスするのが賢い選択だと思えないけど」
「一生のお願いだよ、ホントに絶対! やってみる価値はあるって」
「そうかな……ちょっと不安だけど」
そうして僕ら顔を寄せ合う。
コートニーの両肩を掴んで、互いに瞼を閉じる。
次に目を開けるのは、熱いキスが終わった時――。

――じゃなかった。
唇と唇が触れ合う数ミリの隙間に突然、火花が散った。
空間と空間がマッチみたいに擦れ合った、そんな感じだった。
「オネット、なに、いまの?」
「分かんないけど、気にすることじゃあないよ」
そのままもう一度、唇を近づけたけれど、同じだった。
僕の唇とコートニーの唇との間に、エヴァでみたようなバリアがあるみたいだ。
「なにこれ、どうなってんの?」
唇を突き出して、何度キスしようとしても変わんない。
虹色のバリアにしかキス出来ない。コートニーとはキス出来ない。
飛び散る火花のせいで二人とも火傷しそうなほど、何回も試したけれど結果は同じ。
「どうしてか、キスが出来なくなった……みたいだね」
コートニーが残念そうに言う。

……。

……。

……。

……。

……。

絶望だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?