信仰

僕の手には何もなくて、君は簡単に先に行ってしまう。待って、とは言えなかった。ただ、先に行ってもいいから僕の視界から消えないでほしかった。自分には君を引き留める何の手段もないことを痛感していた。君との間には摩擦が全くなくて、だから君の袖に触れられたとしても、君はすり抜けてどこかへ行ってしまえる。なのに、「僕が君の袖に触れた程度では君はこれっぽっちも変わらない」という事実になぜか安心した。
まるで渓流のあおい水面でも見ているかのようだった。流れは手では掬えなくて、でも水面に触れると、気温に見合わない冷たい水が確かに流れているようだった。その流れが、ただそこに存在してくれていればいい。そこに存在していると信じられるならそれでよかった。
それが僕にとっての信じる価値だった。君の眼の強さと同じだった。

ただ君が、君でいてほしいと身勝手な願望を抱いた。










最後まで読んでくださりありがとうございます。読んでくださったあなたの夜を掬う、言葉や音楽が、この世界のどこかにありますように。明日に明るい色があることを願います。どうか、良い一日を。