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「青蓮丸、西へ-ヒバリ山」其の一

「ねえ、お聞きくださいよ」と、四十雀がどこからともなくやってきました。「あら珍しいこと。こんな入江までやってくるなんてね」と、ツグミは言いました。「そりゃあ、私たちなんて雀と間違われたり、普段は山にいるものですから、この海の匂いのところまでやっとの思いできたのですよ」と四十雀はくるりと一回転して、白と黒の見事な羽を少し自慢げに見せました。「あらまあ、お色目が私のようでしいたら、雀と間違われることなんてありましんことよ」と、ツグミも碧い羽を少し広げてふるわせました。

 「私も元々は、山に住んでおりましいたのよ。でも、碧い色の羽のせいで人間たちが『幸せの鳥』なんて呼ぶものでしいから、あちらこちらの国々へ旅をするようになってしいたのよ。あなたも気をつけたほうがいいわ。あの生き物たちは、なんでも自分たちの都合のいいように観たり聴いたりするんですからね」と、ツグミは目をパッチリ開けて四十雀に言いました。

 「そうそう、お互い同じスズメの眷属ですもの、私があなたの噂を聴いてやってきたのも、お願いがあってのことなんですよ。あら、その船には人間が乗っているじゃありませんこと」と、四十雀は後ずさりしました。「まあまあ、この子供とおじいさんは安心でしよ。縁あってし私が、水先案内をしているのよ」。「あら、瑠璃つぐみの水先案内なんて初めてききますことね。こちらのお願いと言うのも、人間のことなんですの。私どもの住んでいるところに、まだ歳は十五にもならない娘さまがある日やってきたんですの。大きなピカピカの刀を持ったお侍さんに引っ張られて。その娘さまは、すっかり青ざめてただ手を合わせてじっと座ってらっしゃって、そのうち最後のお願いだと、何かわからない文字をたくさんお書きになってね、結局お侍さんもかわいそうに思ったのか、そのまま帰ってしまったのよ」と四十雀は、息継ぎもせず話しました。

 「その娘さまは、それからどうなさったの」とツグミが尋ねると、「たった一人でしばらく森の中をうろうろとされて、哀れにもお泣きにならないので、私どもが木の実やら、虫やらをお食事にとせっせとお運びしたんですが、虫は蟋蟀以外は、あまりお好きじゃなかったようですわ」。「あら、贅沢ね。とびきりのご馳走なのに」と、つぐみはゴクリと喉を鳴らしました。
「私たちもこのままだと蓄えがなくなって冬を越せないし、どうしたものかと困っていたときに、隣の山に住んでいる司祭さまが、ちょうど娘さまを見つけて連れてかえったのですよ。私たち、本当にほっとしましたこと」。「それなら、よろしいじゃありませんしこと。私のように、子供とお年寄りと猫を引き連れている身には、お助けできないと思うていたところなんですよ」と、つぐみは一安心しました。

 「ところがなんです」と、四十雀は眉を潜めて言いました。「娘さまは、隣山の寺院から私どもの森まで、それは悲しそうな顔で毎日毎日やって来るのです」。「まあ、なんと可哀想な娘さま。でも私どもの旅は長いですから、そろそろ旅立たないといけませんのですよ。お話は出会った鳥たちに話し伝えておくことにしましょう」とつぐみは、寝ている青蓮丸と丹徳とルカを起こそうとしました。「ちょっと待ってくださいましな」と四十雀は慌てて言いました。「私どもには人間の言葉がわかりませんゆえ、娘さまにいちどお連れの人間の方々を会わせてあげてもらえないでしょうかしら」と、四十雀はこうべを垂れて言いました。

 それはどうしたものかと、つぐみは寝ている青蓮丸たちを振り返りました。「西へ」向かうといっても、幼い青蓮丸の記憶もおぼろげでまだまだ旅は始まったばかりです。四十雀の森までは、入江から川を登り、途中で舟から降りることになるでしょう。娘さまのことよりも、ツグミは美味しい木の実と懐かしい森のことを思い出していました。

©松井智惠    2022年9月19日筆

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