"大洋"の話と、海になったひとの話

相変わらず画像無しですみません。写真や絵が上手ならいいのに。

先日チベット語の授業で、見覚えのある単語が出てきました。
"ダヤン(授業のテキストでは དཱ་ཡང་།)"。
チベットの話ですから、中華民国期から共産中国初期にかけてチベットで流通した通貨、通称「大洋(Dayang)」のことです。

以前どこでこのことばを見かけたのかというと、チベット人作家ツェリン・ウーセル(ཚེ་རིང་འོད་ཟེར།)さんのブログでした。

チベットには元々独自の通貨がありましたが、中国から持ち込まれたのが中華民国の銀貨でした。
袁世凱の横顔が浮き彫りになっていたことから「袁大頭」と呼ばれた銀貨を、1950年代にチベットに侵攻してきた共産中国軍も携えていたようです。
ブログ記事には、ウーセルさんの夫・王力雄さんの義父に当たる「陳おじさん」が八路軍に所属していた時にこの銀貨の鋳造に当たっていたこと、ウーセルさんのお父さんのツェリン・ドルジェさんがこの銀貨で給料を貯めてツァイスのカメラを買ったことなどが、たくさん記されています。
ツェリン・ドルジェさんはこのカメラで、チベットにも及んだ文化大革命の惨禍を記録し、ウーセルさんはその記録をもとに『殺刧』を書いたのでした。

私はこのブログ記事を読んですぐ日本語に翻訳しようとしたのですが、お恥ずかしながら途中で引っかかって挫折しました。
たとえ無償の翻訳であっても、原文は筆者の体の一部と同じですから、覚悟を持って、最後の一句まで正確を期すのが当然です。
翻訳は責任重大ですし、時間も、背景を理解するための知識も必要ですから、本来ならば充分な対価も支払われるべき仕事です。

けれど私はある時、私よりずっと速く、正確に中国語を日本語に翻訳できる人が訳した文章の一部を読んで「もしかしたらここは誤訳ではないか」と思い指摘しかけて、それが自分の誤読であったことに気づき、それ以来、他の人のブログに翻訳を提供するのをやめました。
原文は、2010年に獄中でノーベル平和賞を受賞し、2017年に亡くなった劉暁波さんの遺した文章でした。

劉暁波さんは海に葬られました。
埋葬してお墓が聖地になるのを恐れた政府の判断であったとの見方もあります。
現在は原文が削除されてしまい確認できないのですが、ある人が旧ツイッターに、このようなことばを記しました。

「あなたがたは恐懼しないのですか?この星の表面積の4分の3が、すべてあの人になったのですよ」

その投稿への返信だったと記憶していますが、以下のようなコメントも目にしました。

「これからは、海水のすべてのひとしずくが劉さんからの励ましだ」

「海岸に行けばカモメの声、波の音風の音に彼の息づかいを感じるだろう」

「海水をすべて奪うことなんてできっこないよね」

今日7月13日は、劉暁波さんが旅立たれた日です。

追記)
未亡人の劉霞さんは亡命先のドイツで旅券を取得、今月、研究者として日本に招かれる予定だそうです。

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