見出し画像

試し読み:『悲劇的なデザイン』

2017年12月に刊行した書籍『悲劇的なデザイン ─あなたのデザインが誰かを傷つけたかもしれないと考えたことはありますか?』を紹介します。

ショッキングなタイトルですが、不要な煽りとは思いません。帯では「人が触れるモノやサービスを作る全デザイナー、特に美術教育を受けた者に捧ぐ。新時代のデザイナーのためのリスクマネジメント・ガイドブック。」と謳いました。

この本では、実際に起こったデザインによる悲劇と悪影響、そしてそれを防げたはずの方法を探り紹介しています。とても耳の痛い話ですが、おもしろい。なぜこんな当たり前で、この上なく真っ当なことを、私たちは前提としておらず、新しい気付きとして受け止めるのか。もちろん国や業界、過ごした環境、年代によって、問題意識と葛藤には差があるでしょう。私はデザイナーではありませんが、十数年前、美術大学でUI、UXの走りの授業を受けていました。そして、私より後にデザインを学び、デザイナーになった著者らが訴える圧倒的な危機感に触れて、動揺しました。だからこそ、あえて強いメッセージをタイトルや帯に込めています。

手に取るのが少し怖いと思うかもしれません。でも、みんなで読めば怖くない。この本を手に取るあなたのことを信じる、あなたと変わらないデザイナーによって書かれた、本当に勇気の出る本です。

今回ここでは、著者による「はじめに」と「本書について」、そして本編より各章の「結論」のテキストをピックアップして掲載します。[石井]

------------------------------------------------------------

はじめに

(p009-110)
 ひどいデザインは人を傷つける。ところが、そうしたデザインを選択するデザイナーは、自分たちの仕事に責任がともなうことに無自覚な場合が多い。
 メディカルスクールでは、最初に「Primum non nocere(プリマム・ノン・ノチェーレ)」という大原則を教わる。わかりやすく言うと、これは「まずもって、害するな」という意味だ。この言葉を真っ先に教わることで、学生たちは、医師には人命を左右する大きな力があるという事実を心に刻みつける。一方、デザインスクールの学生が最初に教わるのは、物を立体的に描く方法だ。教師は、時代を問わない美しいデザインを追求する。だから私たちは、洗練されたデザインを生み出そうと悪戦苦闘し、本当の美しさとは何かと大いに思い悩む。そして、トレンドを生かした、見事な色合いのデザインが表彰される。デザイナーにも人命を左右する力と責任があることを、実感する機会はほとんどない。
 運が良ければ、ユーザー・エクスペリエンス(UX)の3時間の授業を1回くらいは受けられるだろう。教師が「ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)」と呼ぶ授業だ。ちなみに私たち著者の2人も、大学時代、自分たちがデザインしたプロダクトをユーザーが使っている様子を「観察しなさい」とは一度も言われなかった。
 卒業という段になると、新米デザイナーたちは、学生時代に取り組んだプロジェクトの中でもとりわけよくできたものを選りすぐり、履歴書に書き加える。残りのもの、つまり人に害を及ぼす可能性のあるひどいプロジェクトは、二度と誰の目にも触れませんようにと願いながら「アーカイブ」フォルダに放りこむ。中には私たちのように、作品の出来があまりにも恥ずかしくて、うっかり開けられることすらないようにと、まったく関係ないフォルダ名を付けた人もいるかもしれない。幸運なことに、こうしたひどいデザインは忘れてもらえるし、やっても許される。学生のデザインであれば、ひどいデザインが採用された影響にユーザーが悩まされることはない。
 ところが、見た目の美しさにばかりこだわり、ミスをアーカイブフォルダに入れて抹消しても何も言わない教師や先輩からは、本当に大事なことは学べない。実社会でプロジェクトに失敗したら、どんな事態が起こるのか。それを考えるためにも、未熟な時代の失敗をささいなことと切り捨てず、ミスから教訓を得る姿勢を持たなくてはならない。デザイナーとして、プロダクトを通じてユーザーに影響を与える大きな力があるということを、私たちは知らなくてはならない。スパイダーマンのベン伯父さんの言葉を借りるなら、「大いなる力には大いなる責任がともなう」のだ。
 悪いのは教師だけではない。自分の仕事が誰かの命を奪ったかもしれないと、みなさんが最後に思ったのはいつだろうか。この本の目的は、採用したデザインの影響も考えずに、仕事が終わったと思い込むデザイナーの数をゼロにすることにある。実践に応用できるツールやテクニックを紹介して、難しい状況でも公正な判断を下せるようにすることにある。
 人間は複雑な生きもので、心に抱く感情は多岐にわたる。最近では「共感に基づいたデザイン」の考え方が流行りで、たくさんの本や記事が出ているし、そうしたコンセプトを掲げるデザイン企業もある。しかし、「共感に基づいたデザイン」とは正確にはどういう意味で、デザインを通じてどんな感情を引き出したいのだろうか。デザイナーや開発者、プロダクトの製作者は、目的とする気持ち、無視する気持ちを取捨選択する。「ユーザー中心のデザイン手法」を使っているというデザイナーもいる。しかし口ではそう言いながら、彼らが発売前にユーザーから実際に話を聞くことはほとんどない。デザイナーが作る体験は、現実の世界で、現実に生きている人たちに影響を与える。しかし残念ながら、デザイナーが振るう大きな力と、それにともなう責任が取り上げられることはあまりない。
 となれば、別の分野から学ぶ必要があるだろう。たとえばカナダとアメリカの一部には、学校の課程を終えたエンジニアに、卒業式で鉄のリングを贈る伝統がある。背景はこうだ。
 1900年代、カナダのケベックで「ケベック橋」が建設中に崩落し、75人が犠牲になった。崩落は設計技術者の判断ミスが原因だった。信ぴょう性は不明だが、最初に作られたリングは、崩落した橋の鉄骨から鋳出したものだったそうだ。目的は、リングを謙虚さの象徴にし、人々に対する義務感と倫理観、責任感を忘れないようにすることだった。
 学校を卒業するデザイナーに、リングを贈る習慣はない。この本の目的は、その代わりをすることにある。デザイナーひとりひとりが、自分なりのリングを手に入れるきっかけを作ること。それがこの本のねらいだ。

本書について

(p011)
 この本では、私たちの考える「ひどい」デザインが、どんな形で人を傷つけるのかを見ていく。本編で紹介するとおり、デザインは人を「殺し(第1章と第2章)」、「怒らせ(第3章)」、「悲しませ(第4章)」、「疎外感を与える(第5章)」力がある。幸運にも、そうした事態を防ぐためのツールやテクニックがあり、また世界をもっとよくする取り組みを始めているグループや企業、組織がいくつもある。各章では、ひどいデザインとその悪影響を紹介し、そこから大切な教訓を引き出していく。章の最後には、分野の権威であるリーダーたちのインタビューを載せる。彼らが惜しみなく提供してくれた知識やアドバイスを活かして、みなさんのデザイン観が広がればうれしい。何人かのデザイナーには「ひどいデザインがこんなネガティブなインパクトをもたらした」という失敗談を語ってもらった。個人的な体験を明かすのに葛藤があったのは想像に難くない。だからこそ、彼らの話がヒントになることを願っている。
 そして最後の3つの章では、人を傷つけるデザインを意図せずに採用してしまうのを防ぐツールとして、いくつかのテクニックとアクティビティを提供し、みなさんにできることを教え、すでにすばらしい仕事をしている企業を紹介する。

第1章 イントロダクション
結論

(p023-024)
 優れたデザインがともなわなければ、テクノロジーはあっという間に人の助けになるものから人を傷つけるものに変わる。人の命を奪うこともある。しかも、悪影響はそれだけではない。そうしたテクノロジーは“人の心を傷つける”。SNS が原因でいじめが増えているのがその証拠だ。“人に疎外感を与える”こともある。視力に障害のある人が、ごく単純なアクセシビリティに関するベストプラクティスが採用されていないせいで、人気のウェブサイトで仲間と交流できないことも、そうした例のひとつだ。ひどいデザインは、投票が無効にされるといった“公正ではない状況”も生むし、好みを無視されたというシンプルな“不満”も生む。
 デザイナーはテクノロジーの門番だ。テクノロジーがどんな形で人々の生活に影響を与えるかを決める重要な役割を、デザイナーは担っている。門をどれだけ広く開け放たれた通りやすいものにできるかは、私たちにかかっている。
 このあとの各章では、テクノロジーの悪影響を受けた人たちの実体験を紹介していく。自分の仕事を通じて、自分なりのやり方で、社会に貢献しようと努力を重ねているすばらしいデザイナーへのインタビューも掲載する。ひどいデザインが、具体的に生活を邪魔した例も詳しく紹介する。実例は、極端なものからデザイナーなら誰でも経験するようなものまで幅広く取り上げる。もちろん、そうした難しい問題に取り組むための実践的なアドバイスはできる限り行っていくが、すべての問題に答えを用意していると豪語するつもりはない。私たちの目的は、この問題に光を当て、ひどいデザインが人々の生活に与える影響に注目してもらうことだ。問題を浮き彫りにすること。それこそが、大きな問題を解決するための何より重要な一歩になる。

第2章 デザインは人を殺す
結論

(p068)
 正しいことをし、ユーザー第一の姿勢と卓越した倫理観を保ち、コストは二の次にすれば、結局はそれが会社の利益になる。アップルはその原則の最高のお手本だ。2011年までアップルのCEOを勤めたスティーブ・ジョブズの有名な言葉に「顧客の体験からスタートして、そこから逆算しなくてはならない」というものがある。iPodの開発にあたって、アップルはユーザーの体験にかつてなく気を遣った。出荷前に本体を必ず充電し、パッケージにお金をかけ、箱の中まできれいに整えた。どれもお金がかかったが、使う人のことを考えて作られているのが購入者にも伝わった。テスラ社の電気自動車モデルSもそうだ。2011年、NHTSAは自動車の安全基準を厳格化した。自動車産業の新参メーカーであるテスラには、やるべきことが山積していた。だから、検査を通過して「全カテゴリー五つ星」の承認シールをもらえさえすればいいという考え方もできたはずだ。それでもテスラは、史上最も安全な車を作り、5段階中5.4という評価をもらった。いくつかのカテゴリーでは、次に成績が良かった車の2倍の点数を獲得した。これぞ、顧客を第一に考えた真摯なものづくりの姿勢というものだ。新しい会社には、早く利益を出せという投資家からの大きなプレッシャーがかかっているというのに。
 デザインやプロダクトの弱点を書き出していると、どうしても自分に言い訳をしたくなる。簡単な計算をして、再度の手直しにリソースを注ぐのはもったいないと判断してしまう。それでも、デザイナーは常に自分を戒め、もっときちんとした計算をしなくてはならない。人を物理的に傷つけるリスクがあるならなおさらだ。私たちは、ユーザーの命を預かっていることの重みを、常に感じていなくてはならない。命がかかっているのがあなたの愛する人、いや、あなた自身のことだってあるのだ。私たちデザイナーは、誰がユーザーでもそういう考え方をしなくてはならない。

第3章 デザインは怒りをあおる
結論

(p107)
 企業が顧客を怒らせるパターンはほかにいくつもあるが、犯人として一番多いのは失礼なデザインとダークパターンだ。この2つは、ブランドの品位、言い換えるなら企業の信用度に対する一種の借金だ。ユーザーのがまんには限界がある。すぐにいなくならないからといって、いつまでもブランドにとどまってくれるとは限らない。確かにユーザーは会社のプロダクトを必要とし、最初は会社が仕掛けた罠をせっせとくぐり抜けようとしてくれるかもしれないが、そのうち体験に対するフラストレーションがたまっていき、やがてこれでは割に合わないという臨界を迎えた瞬間、大爆発が起こる。誰かに利用されたい人はいない。簡単な話だ。だまされたことがわかったら、誰だっていい気持ちはしない。そんなとき、ユーザーの側に立つのがデザイナーの仕事だ。ユーザーの味方という立場を明確にし、問題をありのままに取り上げ、そして説得すべき相手の言葉を知ろう。そうすれば、相手にも納得のいく形で自分の意見を示せるはずだ。

第4章 デザインは悲しみを呼ぶ
結論

(p137)
 私たちデザイナーは「もし~だったら?」と何度も何度も考えなければならない。もしユーザーがひどい一年を送っていたら。もしユーザーが自分たちのサービスを使って企画しているイベントが悲しいものだったら。自分たちのツールを使って作られたグループが哀悼のためのものだったら。自分たちのウェブサイトで注文された一見どうでもいい商品が、購入者の心に大きく訴えるものだったら。こんな考え方をするのは簡単ではない。デザイナーはみな、プロダクトを使ってユーザーをどう喜ばせようかと考えるのが好きだ。それでも、人間が感じられてうれしい気持ちは、喜びだけではない。親切さや敬意、誠実さ、そして礼儀正しさにも、人は感謝する。
 心の傷は表には出てきにくい。だからよく見過ごす。しかしこれからはそのことを意識し、傷ついた人を目にしたら声を大にして訴えよう。この本で紹介している心の痛みは、無理やり考え出したものでも、ひねくれたものでもない。結末を考えないでデザインすれば、こうした事態は普通に起こる。ユーザーの心を傷つけるのを避け、ユーザーの気持ちを尊重する判断を企業にさせるには、問題への意識を高めるだけでいい。少なくとも、職場で話し合いを始めるきっかけにはなる。ユーザーは必ずしも声をあげるとは限らない。しかしデザイナーには、立ち上がって彼らの代わりに声をあげる力がある。

第5章 デザインは疎外感を与える
結論

(p183)
 ユーザーとプロダクトのインタラクションを考えるのは、私たちデザイナーの仕事だ。プロダクトが何かに邪魔されて使いにくいのであれば、それはデザインの失敗で、解決しなくてはならない。ECサイトのデザインが携帯デバイスのユーザーにとって使いにくいものだった場合、その問題をすぐに解決しなくてはならないのと同じように、採用したデザインのせいで誰かがのけ者にされているなら、状況をすぐに改善しなくてはならない。橋の比喩をまた使うなら、アクセシビリティを無視したデザインを行い、オーディエンスが誰かを忘れ、のけ者にするデザイナーは、最も渡りやすい橋を作れていない。ユーザーが疎外感を抱いていれば、それはデザインが失敗だったということだ。優れたデザインはユーザーの声に耳を傾け、ひどいデザインはユーザーを無視する。優れたデザインは遠回りしてでも全員を幸せにし、ひどいデザインはビジネス目標を達成するために近道をする。優れたデザインは、デザイナーの視点にはバイアスがかかっているという想定の元に作られ、ひどいデザインはすべてのユーザーを代理しているという勘違いの元に成り立つ。最後にもう一度言う。デザイナーは、自分や知り合いがアクセシビリティのことを気にし始めるのを待っていてはいけない。

第6章 ツールとテクニック
結論

(p200-201)
 この章では、適切なデザイン・ソリューションを生むには、ユーザーへの共感が大切だと訴えてきた。それでも、ユーザーリサーチというきちんとした根拠のない共感にはリスクがともなう。私たちデザイナーは、ユーザーのやる気を刺激する方法や反応を引き出す方法、考えや行動を予測する方法などとっくに承知だと思い込んでいる。しかしユーザーリサーチが土台にない共感は間違った共感で、ユーザーの実際の望みや体験を考慮すべき部分に、自分の考えや好みを当てはめているだけだ。人間には、自分で自分をだまし、自分の望みはみんなの望みだと思い込むくせがある。そのことは『Journal of Marketing Research』誌に載った研究でも指摘されている。研究では、マーケティングマネージャーを2グループに分け、標準グループには顧客の望みを予測し、自分の共感のレベルを評価するよう指示した。もうひとつのグループにも同じ指示を与えたが、こちらはまず共感するために、典型的な顧客像を描き出して、その人物の考えや行動をイメージしてほしいと伝えた。調査チームの一員、ジョハネス・ハットゥーラ教授は『Harvard Business Review』のインタビューで、結果についてこう話している。

──結果は一定していた。共感を求められたマネージャーのほうが、自分の好みを判断材料にして顧客の望みを予測する傾向が強かった。

 共感するよう言われたマネージャーのほうが、自分の好みやバイアスを使ってユーザーの望みを評価したり、行動を予測したりしがちになる。これは無数の会社で起こっている現象だ。ユーザーのことはよく知っているし、思考や行動もわかるという思い込み。しかし「デザイナーはユーザーじゃない(You are not the user)」という言葉があるように、ユーザーを知らなければ、こうしたありがちな罠にはまってしまう。先ほどの調査が、この考え方の重要性を物語っている。“ユーザーの代わりに”考えるだけでは、自分のためにデザインしているのと変わらないし、危険だ。ポイントのずれた解決策をデザインしかねないし、自分の考えと矛盾する証拠に見て見ぬ振りをするようにもなる。ハットゥーラ教授の言葉をもう一度紹介しよう。

──もうひとつ注目すべき大きな発見が、共感を求められたマネージャーのほうが、我々が提供したマーケットリサーチの結果を無視しがちだったことだ。

 つまり、根拠のない共感は2つの意味で危ない。まず、自分をだましてユーザーの望みをわかっていると思い込むようになり、次に、矛盾する証拠を撥ねつけるようになる。これは破滅のレシピだ。それでも多くのデザイナーが、締切に合わせよう、ステークホルダーの要求を満たそうというプレッシャーの中、このレシピに従って調理を続けている。この罠を避けるために大切なのは、リサーチを元にユーザーの思考や行動への理解を深めることだ。この章の情報がビジネスの成功に欠かせないのは、そこに理由がある。ユーザーを理解してはじめて、ユーザーを傷つけないだけでなく、彼らのニーズを本当の意味で満たす正しい方向へ進むことができる。

第7章 手本になる組織
あなたはどうする?

(p227-228)
 この本を通じて、デザインの大きな問題に光を当て、同時にあなたの心の変化を求める情熱に火をともせていればうれしい。ここからはあなたの番だ。あなたには違いを生み出す力がある。あなたは何をすることを選ぶだろうか。どのくらいの力を注ぎたいだろうか。デザインの現場に身を投じ、違いを生み出そうと努力しているすばらしい組織に加わり、力になるのもい
いだろう。あるいは、自分で新しいことを始めるのもいいだろう。悲劇的なデザインをこの世からなくせるかは、私たちの手にかかっている。優れたデザインのある世界を実現できるかは、すべてあなたの一歩から始まる。
 さあ、デザインを使って世界をもっといい場所に変えていこう。

------------------------------------------------------------

Amazonページはこちら。


いいなと思ったら応援しよう!