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試し読み:『レタースペーシング タイポグラフィにおける文字間調整の考え方』

2021年7月21日に刊行した『レタースペーシング タイポグラフィにおける文字間調整の考え方』(今市達也 著)から「はじめに伝えたいこと」のテキストをご紹介します。

本書は、今まで感覚で伝えられがちだったレタースペーシング(文字間調整)について、理論的な説明を試みた本です。本章の1-8章では、レタースペーシングの考え方と手がかりを丁寧に解説しています。

本章の一部は特設サイトからご覧いただけます。
https://letter-spacing.mimiguri.co.jp


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「はじめに伝えたいこと」

・レタースペーシングとは
「レタースペーシング」という言葉をご存知でしょうか。デザインに携わっている方なら、耳にする言葉かと思います。簡単に言うと、見出しやロゴタイプなどの文字の間隔を視覚的に均等に見えるように調整する作業のことです。フォントをただタイピングしたままだと、文字の形や並びによっては均等に見えないことがあるので、それを手作業で補完します。似た意味として「字詰め」や「カーニング」などとも呼ばれます。

デザインの現場では、レタースペースの調整は初期に学ぶ基礎項目に分類されます。しかし、そんな基礎スキル的位置づけにもかかわらず、スペーシングの考え方が言葉として説明されることは少なく、感覚的表現で語られがちな分野でもあります。またその感覚はデザイナーや見る人によって異なるため、スペーシングを学ぼうとしても何を基準にすればいいのか、とても分かりづらいものです。迷いなく自分が最良と思うスペーシングをできていれば問題ありませんが、もしあなたが手癖でなんとなくスペーシングを行っていて自分の文字組みに自信がない場合、今一度自分のスペーシングに疑いの目を向けてみてもよいかもしれません。

・レタースペーシングが大切なワケ
デザイナーには、デザインを見る人がスムーズに目的の情報を得られるように掲載内容を理解して、その情報を分かりやすく配列する責任があります。いわゆるレイアウトの技術です。それはポスターやチラシ、WEB サイトなど、様々な媒体に共通して求められます。全体のレイアウト技術が紙面設計の主な骨格に関わることは間違いありません。しかし、全体に気を使うあまり細部に気が回らず、見出しなどのレタースペーシングは後回しにされがちです。

ポスターの構造をレストランに例えて考えてみましょう。伝えるべき内容が提供される料理。内容を読みやすくするためのレイアウトや本文組版が、料理を気持ちよく食べるための清潔なお皿やカトラリー。その本文へ呼び寄せるためのキャッチコピーや見出しは、店構えや入り口にいるホールスタッフにあたるといえるでしょう。スペーシングとは見出しの身だしなみを整えるための大切な行程です。どんなに素敵なもてなしが店内に用意されていても、みすぼらしい店構えや雑な呼び込みでは、その先へ誘導することはできません。お客さま(読み手)が、最初のタッチポイントからお店を離れるまでの一連の流れを意識して“体験” をつくることが大切です。

・スペーシングの好みは時代によって変化する?
そもそも「よいレタースペーシング」とは、なんでしょうか? ひとつの視点として知っておくべきは、レタースペーシングの好みは文字を組むデザイナーや組まれる時代によって変動してしまう、ひとつの正解に絞ることのできない繊細なものだということです。

活版印刷が主流だった時代では、レタースペースの調整に限界がありました。スペースを詰めたくても金属活字という物理的な制約があるため、デジタルフォントのように自由に調整することができなかったのです。そのため当時の組版工は基本的にスペースを広げる作業のみでスペーシングを行っていました。

写真植字(写植)が主流となると、その制約は解かれ、いくらでもスペースを詰められるようになりました。写真植字とは写真技術を応用したもので、文字盤(文字の形の光をつくり出すガラス盤)に光をあてて、印画紙に文字を印字する方法です。金属活字と比べ、文字サイズの変更や文字詰めの自由度が格段に上がりました。

写植で文字が詰められるようになったためか、1960年代以降の日本では、見出しの字間を極端に狭くするレタースペーシングが流行しました。写真植字機を扱う職人は、発注するデザイナーごとの好みの詰め具合を把握していたそうです。またデザイナー自身が印字された印画紙を一文字ずつ切り分けて、手作業で詰めて貼り合わせる(P. 188 参照)こともありました。古本屋などで当時の雑誌を見てみると、今とは異なる文字の詰まり具合に驚くと思います。1970年代のアメリカでは、文字詰めが生み出す個性的な表情を特徴とした書体Avant Garde Gothic が開発されました。技術の変化がタイポグラフィ表現に影響を与えた例のひとつだと思います。

2000年代に入るとパーソナルコンピューターの普及により、これまで専門職だった文字を組む仕事が個人でもできるようになりました。文字を触る敷居が下がったのは素晴らしいのですが、一方で調整が十分にされていない組版やスペーシングも増えました。

このように、時代や技術が変化すると文字の組み方も変わり、それに合わせてスペーシングに対する価値観も変わります。レタースペーシングの正解はひとつではないのです。

・人の数だけ存在するスペーシングの最適解
レタースペーシングは見る人によっても良しあしが変化します。それは今までにその人が見てきたスペーシングの傾向や、調整する際に重要視するポイントが異なるためです。場合によってはスペーシングするデザイナー本人の中でさえ着目する視点の数だけ複数の解答が生まれてしまい、選択に迷うこともあります。

このような不明瞭なスペーシングですが、一方で多くの人の中で共通しているポイントもあります。そのような最大公約数的エリアがどこなのかを押さえつつ、自分なりの考え方を見つけることがスペーシングを学ぶ上で大切です。

・感覚と論理の関係性
この本ではあなたが少しでも早くスペーシングの感覚をつかめるように代表的な項目に分けて、なるべく論理的に記してあります。曖昧になりがちな感覚を分解して言葉に変換することで、スペーシンスペーシングに対する理解度が深まります。また、スペーシングを他の人と共有したり話したりするときの橋渡しにもなります。

しかし、論理だけでスペーシングを行うのはよくありません。人は論理ではなく感覚で文字を見るためです。本書の言語化はあくまで、感覚をつかむための補助輪の役割として捉えてください。

・自分なりのスペーシング感覚を見つける
本書は、長い歴史の中で先人たちによって語られてきたスペーシングの技法や私自身の経験を元に1 冊の本にまとめたものです。よいレタースペーシングの見本帳ではなく、ひとりひとりの読者が自分なりのスペーシングのコツを見つけるための、いわば視点集です。

もちろん、これから記述される視点が必ずしもあなたの感覚と合うとは限りません。中には同意できない部分もあると思います。ひとつひとつの項目にどうぞ疑いの目を向け、一考し、自分なりに納得のいくものだけを吸収してください。その精査の過程があなた自身のレタースペーシングの感覚を形づくります。レタースペーシングには、デザイナーの思考の数だけ正解があります。本書が、あなたにとって目指すべきレタースペーシングの感覚をつかむ手助けになれば幸いです。

・本書の構成
本書では一部を除き、本文組版ではなく主に横組みの見出しやロゴタイプを想定して解説します。全体は前から順に読むことで効率よく学べる三部構成となっています。なぜスペーシングが重要なのかを理解し、どのような視点で字間を見ていけばいいのかを解説する赤エリア(欧文の図版が多いですが和欧共通の内容です)。より理解を深めるために、和文と欧文ごとのスペーシングに対する特徴を学ぶ緑エリア。実例や実践に触れることで、これまでに学んだ内容を自分の感覚へと落とし込むための青エリアです。また、ほぼすべての項目が見開き完結なので、気になる箇所から読むことができます。

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ここからは本編でお楽しみください。
http://www.bnn.co.jp/books/11106/
https://bnn.thebase.in/items/46823717


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