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『SPECULATIONS』 刊行によせて (川崎和也)

7月に上梓した『SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて』の代表編著者・川崎和也さんより、刊行によせたテキストをいただきましたので公開いたします。ぜひご一読ください。

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2019年7月25日、初めての監修・編著書である『SPECULATIONS:人間中心主義のデザインをこえて』がビー・エヌ・エヌ新社から発売になりました。

99個のデザインリサーチを紹介する事例集、ますます領域を拡張するデザインの過去・現在・未来をつかむための歴史書、そして、11人の編著者+2人の執筆者+4人のインタビュイーによるデザインの批評誌──膨大な情報量からなる一冊として、様々な読み方が可能です。「デザイン」に少しでも関心があるすべてのみなさんに読んでいただきたい一冊です。書店やネットでぜひお手に取ってみてください。

本書の全体をつらぬく「人間中心主義のデザインをこえて」というテーマを理解するには、巻頭に掲載した「人間中心主義のデザインをこえて─多次元(マルチバース)化するデザインリサーチ」を読んでいただくのがいいかもしれません。こちらのリンクから全文を読むことができますので、気になった方はぜひ一読いただけるととても嬉しく思います。

さて、9月1日、渋谷ファブカフェMTRLにて、刊行イベントを実施します多摩美術大学教授でバイオアートやスペキュラティヴデザインなどの急進的アート&デザインの実践理論を専門とする久保田晃弘さん、デジタルテクノロジーと建築都市デザインを専門とするノイズアーキテクツを率い、建築情報学の推進を目指す豊田啓介さんをお呼びし、本書を片手に「いま、わたしたちは何をデザインすべきか?」をテーマに議論していきます。ぜひ、ご参加ください。

ぼくは、監修・代表編著者として、本書全体の構成、編著者や寄稿者の選定、事例紹介文章や論考の執筆、インタビューの監修・実施など、包括的に制作に関わらせていただきました。2012年ごろ「デザインリサーチ」という言葉を知って以来出会った様々な知識や技術、学び考え作ってきたすべての知見をまるごと惜しみなくつめこんだつもりです。

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本を作っているとき、いつも念頭においていた3つのことについて、みなさんに共有させてください。

1. デザインリサーチについての議論をひらく

本書がつくられたきっかけのひとつは「デザインリサーチ」というデザインを多角的に研究・探求する分野を紹介することにありました。

そのためにぼくは、デザインリサーチについての議論をひらき、より普遍的な問題として理解をひろめるにはどのような方法があるのかについて考えました。デザインリサーチはしばしば大学の研究者による分野だと思われがちです。あるいは、デザイン思考をはじめとした便利なツールだと勘違いされることも少なくありません。

しかしながら、デザインリサーチとは、環境や社会、経済、技術にまつわる様々な問題に対する「実践」です。ですから、本書における議論も大学の研究者によるジャーゴンだけにしたくなかったし、掲載する事例もポストイットだらけにはしたくなかったのです。むしろ、デザインリサーチがとりくむ「問題」にフォーカスして、そのために理解すべき事例やキーワード、キーパーソンを紹介することを試みました。

本書で提起される「未知数の問題」と呼ばれる一連の課題群は、これからのデザイナーやデザインリサーチャーに課せられた専門的な課題ということができます。同時に、ありとあらゆる人工物がデザインされた現代にくらす、ぼくたち共通の課題として理解することもできるのです。

2. デザインの文体をさがす

さて本書には、人物名や固有名がたくさん出てきます。特に2000年以降ヨーロッパやアメリカを舞台に活躍している実践者や最新の概念、事例をあますことなく紹介できるよう努めました。まだまだ日本ではみなれない言葉が多いかもしれませんが、その用語の「文脈」もあわせてリサーチし、記述していますので、各デザインが着目に値する理由もあわせて理解できるようになっていると思います。

なぜこうして、新しい語彙の積極的な紹介に挑戦したかと言いますと、デザインについて言語化する上での「新しい文体」をさがすことが必要だと感じていたからです。どういうことでしょうか。

ぼくは、本書の編纂にあたって、これまでデザイン批評を切り開いてきた『10+1』『アイデア』『インターコミュニケーション』を強く念頭に置いていました。「デザイン」という大きな枠組みで、批評的な言説と実践的な実例をより効果的に紹介するにはどのような方法があるでしょうか。というのも、1960年代ごろから蓄積され、2010年代にさしかかり全盛を迎えた「デザインリサーチ」の語彙が国内において十分に共有されているわけではなかったのです。これまで、現代思想や人文系の固有名を借りて語ってきた議論をあくまでも「デザイン」の言葉で記すことはできないか。細かい編集過程上のエピソードですが、あえて「です・ます調」で文章を執筆したり、あえて他分野の概念や理論を借りず、あくまでもデザインの人物や理論を重視したりと、色々工夫を施しました。いまぼくたちは全てがデザインされたこの世界を捉え理解できるような新たな「文体」を必要としていると思うのです。

3. あたらしいデザイン思想をつくる

本書で紹介する重要なデザイン概念のひとつに「トランジションデザイン」があります。

(https://design.cmu.edu/content/program-frameworkより引用)

トランジションデザインは、多様な方法論や学問を統合することで、これからのデザインが進むべき方向性を示すことを試みた最新のデザインリサーチの考え方です。トランジションデザインが扱う範疇は、自然と人工のあたらしい関係性であり、文学や工学の知見が絡みあった大きな世界観です。これは近年のデザイン概念の拡張を象徴する理論のひとつだと言えます。

ぼくはこれを知ったとき、デザインリサーチの探求する対象が、「手法」や「道具」から「世界観」や「思想」へと拡大していると感じました。そして、本書でもあたらしいデザイン思想をつくり、提起することができないかと考えました。それでは、どのように、でしょうか。 

トランジションデザインを考案するプロセスをみてみても、多様な実践者や専門家が文脈をもちより、それを解釈、統合することでできあがっています。したがって、本書でも、単に海外のデザイン思想や方法論を列挙し、紹介するのみならず、代替の世界観を「共に考え、つくりだす」ことを目指しました。11人の編著者+2人の執筆者+4人のインタビュイーによるデザインの解釈。そして、冒頭に提起される「多次元的〈マルチバーサル〉デザイン」は、本書が試作〈プロトタイプ〉した世界観あるいはデザイン思想のひとつのかたちです。とある時代を切り取った反駁可能な「世界観」として、これを機に議論が開始されることを期待しています。

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本書は、担当編集者で企画・制作進行はビー・エヌ・エヌ新社の岩井周大さんのお力を借りつつ、11人の編著者+2人の執筆者+4人のインタビュイーとの共創によって完成しました。

島影圭佑さん、木原共さん、太田知也さんは、デザインリサーチをともに学び実践する同世代の仲間です。今回自分たちがこれまで探求してきたテーマを読者のみなさんに問いかけるために、どのような議論を展開することができるか、改めて一緒に考えを共有し深化させることができました。

ライラ・カセムさん、榊原充大さん、古賀稔章さんには、ダイバーシティやパブリック、アーカイブ各テーマの信頼できる専門家として、ぼくに足りない視点や知識を明確に示していただきました。そして、ドミニク・チェンさん、砂山太一さん、津田和俊さん、高橋洋介さんは、ぼくが日々の実践でとくに専門的に探求している「バイオデザイン」や「コンピュテーショナルデザイン」といったテーマを理論と実践の両面から探求する先輩たちです。みなさんと議論する時間はぼくにとって大変豪華な時間でした。

さらに、ヤンキー・リーさん、大橋香奈さんにはそれぞれ論考を寄稿いただきました。ジュリア・カセムさん、ブルース・スターリングさん、ジェームズ・オーガーさん、パオラ・アントネッリさんの4人にはインタビューを敢行しました。翻訳には藤吉賢さんに協力いただきました。ブックデザインは村尾雄太さん

みなさん、本当にありがとうございました。


本書が、マニフェストとしてひろく読まれ、デザインをよりおもしろくするような運動のきっかけとなることを願っています。

『SPECULATIONS』監修・編著
デザインリサーチャー
川崎和也

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デザインリサーチ──未来の(あるいはオルタナティブな現在の)可能性を思索あるいは試作すること。本書はその可能性を探求するために編まれた。

社会と技術に関する問題の複雑化を背景に、デザインをとりまく、研究/実践 、デザイン/エンジニアリング/アート、デジタル/フィジカル、自然/文化は急速に融合している。本書は、ますます多元化するデザインリサーチの様相を可能な限り明らかにすることを目的として、多様な実践群を召喚しつつ、今着目すべき巨大な問題系を指し示す。

グローバル・データ資本主義が猛威をふるい、環境問題はますます深刻化し、合成生物学や人工知能は倫理の問題を超えて開発が促進されていく。人類が直面しているのは、デザインの暗黒面なのだろうか。

ただ、わたしたちはデザインが、人間の現在を映す鏡であるという事実も知っている。ビアトリス・コロミーナ&マーク・ウィグリー夫妻が『are we human?』で問いかけたように──「人間の再発明という非人間的行為が最も人間らしい」。デザインはいつも、「次の人間像」をつくることに手を貸してきた。

いまこそオルタナティブなデザインの思索が求められている。

※上記は本書に掲載された川崎さんによる巻頭言


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