たいてい

服部みれいさんの『食のABC』を読んでいて気づいた。

うちのおばあちゃんは『たいてい』をよく使っていたなって。

「これなら『たいてい』大丈夫」

「『たいてい』おいしいよ。」

この言葉聞くと、
ばあちゃん、(雑なほうの)テキトーだなあ
と思っていたけど、

大丈夫じゃないことはなかったし、

おいしくないことはなかった。

『たいてい』とは、機会や確率を表す単語。

そうか。
いままで、ばあちゃんが何回も経験してきたから使える言葉で
高確率で『大丈夫』『おいしい』という意味で使ってたのか〜。

自信満々だったのかもと思ったら
もっとおいしいって伝えたかったなと思った。

『たいてい』はたくさん経験したときに言える言葉で
わたしが言える『たいてい』はなにがあるかなあと思って。

ばあちゃんが作っていたごはんや季節のもの。

毎年楽しんで作っていたら、60歳くらいのときに
わたしの作るごはんは『たいてい』おいしかったらいいなあと思った。

と、2021年12月30日に下書きに入っていた。

ちゃんと2回で終わってたなあ。わたしらしい!
と記事を読んで感じていました。笑

今年、おばあちゃんの3回忌でした。

おばあちゃんは本当に、やり通すすごい人で、その点、わたしは飽き性で、
『絶対やる〜!』と薄っぺらい宣言をしてやりきれないことが本当に多かった。

だから、そんなに大きな壁にぶちあたったことなく、苦しくなるとちゃんと、ひょいっと交わすような性格だったので、
はじめて、というくらい(か覚えていないだけ)今、壁にぶち当たって、葛藤しているのだけど、

おばあちゃんだったらなんといってくれるかな、なんて、想像しながら、勝手に元気をもらって、見ててね!って思ってる。

やっぱり、どんどんおばあちゃんとの思い出は遠のいていってしまうし、お盆やお正月に実家へ帰った時をキッカケに思い出している。

家族や親族と、思い出話をするのが楽しくて、こんなふうに誰かにとって語ってもらえれる人って、幸せなことなんだよな、と感じています。

わたしっぽく、わたしらしく成長していけるように、見守ってもらいながら、がんばりたいと思ってます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?