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「ジョブ型雇用」について考えてみた(3)~日立製作所を事例に~

前回の振り返りと今回の概観


 前回は日経連が職務給を導入したいと考えていた動機と、職務給の導入に向けた課題意識を取り上げた。少々一般論的な内容を紹介したが、今回は日立製作所を具体例として、実際に職務給がどのような展開によって導入・「修正」されたのかを検討したい。

日立製作所の職務給導入に対する動機

 日立製作所は職務給を導入するにあたって、以下のような問題意識を持っていた。(筆者により、日立製作所社史編纂委員会編『日立製作所史.3』、日立製作所、1971年を参照して、簡略にまとめる)

① 経験や熟練との相関関係が薄れてきた
② 従業員の年齢構成の若返りに伴い、仕事に応じた賃金を希望する者が増えてきた
③ 初任給の著しい上昇により、年功賃金が従来通りに維持できなくなった

ざっくり言うと、年功的な賃金だと納得感・合理的な説明がしにくくなっているし、しっかりと仕事に応じた賃金を払うべきだと言っている。
 また、実際に職務給を導入するにあたって、その狙いも、以下のように述べている。

39年(1964年)に現業職に、41年(1966年)に執務職にそれぞれ職務給を導入した。これは従来の年功中心の賃金体系を一部修正し、職務と賃金との結びつきを強めるとともに、同一労働同一賃金の考え方により、実力主義の徹底と勤労意欲の向上を図ったものである。
(日立製作所社史編纂委員会編『日立製作所史.3』、日立製作所、1971年、P108)
太字は筆者による

 先ほどの問題意識と通じるようだが、要は年齢と賃金の結びつきを修正して、職務や実力と賃金の結びつきを強くしようとして、職務給を導入したということを述べている。
 この見解については、現在の問題意識とあまり変わらないなと思うかもしれないが、一旦その感想は飲み込んで、実際に導入した結果どのようになったのかを次に見てみたい。

実際の導入例

 では、実際に職務給を導入した結果どのような賃金体系になったのだろうか。1969年の全日本電機機器労働組合連合会『電機労連賃金実態調査報告』(全日本電機機器労働組合連合会、1969年)にまとめられていた、1969年当時の日立の給与体系を参照いただきたい。

日立_1969年_給与厚生

 いかがだろうか。職務給的な内容を導入していることは見て取れるだろうが、職務給の割合は限定的なものでもあった。
 むしろ、基本給や扶養手当など、ジョブ(職務)に紐づく給与の割合よりも、人に紐づく賃金割合が大きいことが見て取れる。つまり、思ったよりも職務給の割合が少ない。
 では、なぜこのような結果になったのか。それは、やはり生活するために必要な給与を反映すべきだという考えがあったからだ。労組の言葉を引用する。

仕事に応じた賃金を・・・採用していくことは・・・必要と考えます。しかしながら、・・・われわれの生活条件をみるならば、生活給与としての意味を強く持たせなければなりません。このことは、一面において年功賃金を、他面において年功と隔絶した賃金を同時に一つの賃金体系にまとめる結果となる
(日立製作所労働組合五十年史編纂委員会編『日立製作所労働組合五十年史』、日立製作所労働組合、1996年、P217)
太字は筆者による

 職務給を導入することは、良いことだし、必要だけれども、結局は生活を維持するためにある程度は生活給の性格を持たせる必要があるよねということだ。
 そう考えると、当時の日立製作所では、職務給の導入に対して息巻いていたのにもかかわらず、生活給を重視したいがために、職務給の割合は少なくなってしまった。
 そして、いわゆる日本的な賃金の特徴といわれる属人給(人に紐づく給与)の割合が大きくなったといえる。

まとめ

 以上のように、日立製作所は1960年代に職務給を志向しつつも、生活給を捨てきれず、属人的な要素が多く残る「日本的」な賃金体系となった。(いわゆる「日本的修正」)
 日立製作所においては、生活給という思想によって、職務給の導入が進みにくかったと考えられる。
 生活給という思想以外にも、当時の日本企業において職務給の導入が進みにくかった理由としては、以下も注目すべき点だろう。

①職務分析等の大きな負荷
 →職務分析や職務評価の実施と運用に工数がかかる
②配置転換の難しさ
 →職務の変更は、給与の変更が伴うため、配置転換が難しい
③勤続年数の重視
 →同一の職務でも、勤続年数が長い社員の方が高い給与をもらうことの方が重視されていた
④未熟な外部労働市場
 →賃金を決定する機能を持つ外部労働市場が未熟であった

(田中恒行『日経連の賃金政策』、晃洋書房、2019年、P78)
(小熊英二『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』、講談社、2019年、P408~P418)

 そう考えると、日立製作所が今後、本当に字義通りの「ジョブ型(職務給)」にするのであれば以下の点をどのように乗り越えたのかは注目すべき点だろう。

①生活保障としての生活給と職務給をどのように折り合いをつけるのか
 →ジョブ型の賃金体系にしたとしても、どうしても従業員の生活が懸かってくる以上、どのような賃金体系とするのか?

②膨大なジョブ評価をどこまで実施できるのか
 →国内外多岐にわたって事業を展開し、従業員を雇っているため、すべてのジョブ評価(とグレーディング)ができるのか?多少は妥協はあるのか?

③配置転換の方法をどこまでジョブ型に忠実に実施しきれるのか
 →今までのようなメンバーシップ型の配置転換を前提とした人事異動を続けるのか?それとも、決まったジョブとなった従業員はそのジョブに張り付いたままになってしまうのか?

 個人的には、上記の問題意識を基に、日立製作所の意向や進捗についても注視しながら、今後の報道を見てみたい。

《本パートの参考書籍》
・田中恒行『日経連の賃金政策』、晃洋書房、2019年
・小熊英二『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』、講談社、2019年

《本パートの参考史料》
・日立製作所社史編纂委員会編『日立製作所史.3』、日立製作所、1971年
・日立製作所労働組合五十年史編纂委員会編『日立製作所労働組合五十年史』、日立製作所労働組合、1996年
・全日本電機機器労働組合連合会『電機労連賃金実態調査報告』、全日本電機機器労働組合連合会、1969年




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