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The father(一部ネタばれあり)

一部ストーリーに触れる内容がありますので、まだ、原作を読んでない!映画観てない!知りたくない!という方は読まんといてください。

アンソニーがアンソニーを演じる

アンソニー・ホプキンスといえば、「羊たちの沈黙」「エレファント・マン」など、個性的な主人公を数多く演じてこられた、有名な俳優。今回の「the father」では認知症を発症したイギリス人高齢者を演じてはります。映画の中での彼の名前もアンソニー。さらに、同年齢で同誕生日とのこと。

前情報なしで映画を見に行くことが多い私は、今回も「認知症高齢者男性の映画、そしてアンソニー・ホプキンスが演じている」という事前情報で観に行きました。とはいえ、それだけの情報でも、楽しみな一本。現在の社会福祉士という仕事で高齢者に関わっていることと、若い頃のアンソニーの映画を知っていることがわくわくの理由。

映画は主人公の視点で描かれています。そうそう、認知症の高齢者の目にその環境がどのように映り、理解されているかが描写されていますので、とても奇妙なといいますか、ミステリー映画を観ているような感じです。ストーリー展開に矛盾があったり、登場人物が奇妙な行動をとったり。途中から彼以外の登場人物が入れ替わったりということが起こります。

アンソニーの病状は映画の中でどんどん進行して行きます。認知機能の低下、見当識障害、繕い行動、物盗られ妄想などなど、易怒的になり家族を傷つけてしまう。認知症の症状へ対応する家族の苦悩、本人の戸惑いと並行して、家族に起こったであろう悲しい過去の出来事が、もう一つのストーリーとして描写されています。

病気のせいで

理由もわからず変化する自分自身のことを主人公は環境や周りの人が変わっていると感じ、周りの人を信頼せず、自分の中に行き場のない不安を抱えることで、さらに主人公は頑固になっていきます。

病気のせいとはいえ、他者を傷つけるような発言をする父親を家族はどこまで許容できるのか?許容できたとしても家族や周りの人の感情のやり場は?

病気のせいとはいえ、家族の都合で転居や施設入所させるなど、本人の意思決定をどこまで尊重するべきか?どこまで確認するべきか?金銭問題、家族のパワーバランス、本人の性格など個人と環境の要因と条件を見極めなければならない。

自分ごととして考えてみる

見る人の立場によってこの映画の視点は変わると思います。自分に当てはめて是非観てください。

父親の物忘れがすすみ、認知症と診断されたら…家族はこれまでの父親とは全く別人になってしまった父親を想像できるだろうか?

なぜ、私の父親がこんな風になってしまったのか?誰が悪いのか?あの頃こんな風にしていれば今のような状態にはならなかった?家族の後悔。

父親のせいで私の人生の方向性が変わってしまった。私の思うような人生が送れていない。私たち家族がどれだけ苦労して父親を支援しているか父親は何も分かっていない。病気への憎しみが、父親への憎しみに変わる事があるかもしれません。

社会福祉士の視点

2025年問題では団塊の世代の約800万人が75歳になります。そして65歳以上の高齢者の20%が認知症者となると推測されています。高齢者の5人に1人が認知症かもです。

高齢者虐待なんて他人事と、思っている方も多いかもしれませんが。養護者による高齢者虐待の件数も年々増えています。

認知症者の家族は精神的、肉体的に大きな圧迫を感じます。さらに経済的、社会的圧迫もあり、その延長線に高齢者虐待という社会問題が見え隠れしています。介護休暇というしくみはできましたが、どれくらい浸透しているでしょう。介護休暇をとることで、実質キャリアが止まると感じている人も多いのではないでしょうか?介護のために家族が介護休暇をとらなくても循環する社会というのは今からでは難しいのでしょうか?
まずは認知症を理解する上でも多くの世代に観ていただきたい映画です。

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